拾肆之拾捌 一人称
「それじゃあ、今のリンちゃんサイズの服を出してきますね。志緒ちゃんお手伝い良いですか?」
花ちゃんがそう言って指名すると、志緒ちゃんは舞花ちゃんに振り返って「マイちゃん、任せて大丈夫?」と尋ねた。
「リンちゃんのことは、舞花に任せておいて」
胸を張って、ポンと叩いてみせる舞花ちゃんは、かなりやる気なのが見て取れる。
「リンちゃん。舞花お姉ちゃんの言うことをちゃんと聞いてね?」
ニッと笑いながら言う志緒ちゃんに「一応、見た目だけですからね、小さくなってるの」と返した。
そんな私の返しを笑顔のままで受け止めた志緒ちゃんは「それでいいのかな? コレから花ちゃんと、お洋服を選びに行くんだけどな」と意味深な切り返しをしてくる。
志緒ちゃんの言葉を聞くなり、私の中で嫌な予感がブワッと大きくなった。
「え、えっと、私も選ぶのについて行きたいのですが!」
懸命に頭を回転させて出した結論に対して、志緒ちゃんは「小さくて可愛い女の子は、自分のこと私じゃ無くて、名前で似合う方が似合う気がするなぁ」と切り返してくる。
思わず言葉を失う私の耳に、花ちゃんの「それはそうね!」と力強い賛同の声が聞こえてきた。
次いで舞花ちゃんが「舞花も、舞花のこと、舞花って言うよ!」と自分の名前を連呼する。
その上で「凛花ちゃんも、そうしよ?」と小さい子に行き貸せるような口ぶりで、舞花ちゃんはとんでもない要求を突きつけてきた。
それをキラキラとした目で言われると無碍には断れない。
加えて、志緒ちゃん、花ちゃんのどこかねっとりとした視線もその後ろから加わり、圧力が強まった。
完全劣勢の状況で断われば長引くと判断した私は、早々にプライドを捨てることに決める。
「自分のこと、名前で呼んだこと無いから、失敗するかもしれないよ?」
「失敗してもいいんだよ、舞花がフォローするから!」
鼻息荒くサポート宣言をしてくれる舞花ちゃんだけど、何をどうフォローしてくれるつもりなのか……いや、もう理屈を越えた世界に突入してしまっているのかもしれないと考えて、私は最後の抵抗を諦めた。
「ありがとう舞花ちゃん。り、凛花……頑張ってみるよ」
口にした瞬間、爆破しそうなほどしんぞうが暴れ出して、体温が急上昇する。
自分を名前呼びするだけで、コレ程に精神的ダメージがあるとは思わなかった。
が、恥ずかしさで息が荒くなる私に対して、誰もが動きを止めて、石像のように固まってしまっている。
「あれ?」
想定していなかった事態に、私は思わず首を傾げた。
直後、鼓膜が破れるんじゃ無いかという音量の「「「可愛い!」」」の共鳴が私を囲む三人から放たれた。
「ね、ねぇ、リンちゃん……その、ま、舞花お姉ちゃんって呼んで?」
期待の目で観られた私は心の中で溜め息を零しつつ、可能な限りの笑顔で「舞花お姉ちゃん」と口にした。
それだけでもの凄く嬉しそうに、握った拳を振って結んだ唇をプルプル震わせ始める。
こんなことで喜んでくれるなら良いかなと、諦めの先の悟りの境地で、私は恥ずかしさを妙な形で克服してしまったようだ。
「そ、それじゃあ、お洋服を取りに行ってくるわね!」
ほんの少し前と違って、そう宣言した志緒ちゃんは、どこか行きたくなさそうに見える。
「志緒お姉ちゃん、凛花もついて行く」
そう告げてみると、志緒ちゃんは「いい……って、だめだよ!」と許可しかけて、無理矢理拒絶してきた。
胸の内で『何故頑なに?』と思っていると、志緒ちゃんは私の足を指さす。
小さくなってしまった私の体では、椅子の脚の長さより膝下の長さの方が短いので、ぶらぶらしてしまっていた。
志緒ちゃんはそんな私の足の先を指さして「サイズのあって無いヒールのある靴で、歩くのは危ないから、花ちゃんと私に任せて、リンちゃん」と凄く真面目な顔で言う。
ミル・セレニィに変身した時に、実は履いていた上履きもブーツに変化していた。
ところが、体のサイズが小さくなった時に、体に合わせて変化した他の部位の衣装と違って、ブーツだけは、元のサイズのままだったのである。
「凛花、裸足でも……」
「ダメです。廊下に落ちているもので怪我するかもしれないから、それは許可出来ません」
ならばと、代案を出したつもりだったのだけど、食い気味に花ちゃんに止められてしまった。
確かに廊下は毎日手分けして掃除をしているとは言え、裸足で歩くと不測の事態が起こるかもしれない。
これ以上、ついて行くと主張するのは、わがままになるかなと考えた私は、二人に任せることにした。
「それじゃあ、志緒お姉ちゃん、花子お姉ちゃん。服、お願いします。わた……凛花は舞花お姉ちゃんと留守番してます」
そう言って、頭を下げて数秒待ってから、ゆっくりと頭を上げると、そこに志緒ちゃんと花ちゃんの姿は無い。
代わりに、開け放たれたままの廊下から志緒ちゃんの「待たせないからね!!」という声と、花ちゃんの「秒で終わらせてくるわ!」という宣言が響いてきた。




