参之捌 実験継続
「じゃあ、人間の姿では術は使えないって事ですね」
今のところ不自由は無いけれど、将来的に分身を出して役割分担とかいうプランが駄目になりそうで、私はずっと動画授業なのかなと考え始めていた。
そんな私に対して、雪子学校長は「いや、単純に卯木くんが慣れていないだけという可能性もある」と口にする。
けれど、慣れの問題だろうかという疑問が、すぐに私の胸に湧いた。
何しろ練習などもせずに、狐火も稲妻も狐雨も現象を起こしている。
慣れの問題だとしたら、一度も使ったことがない能力がいきなり発動する筈がないし、何より今発動しなかった時には兆しというのか、出来そうな気配をまったく感じなかった。
そんな実感もあって、最初の雪子学校長の推測、人間の姿では術を使えないという考えの方がしっくりくる。
なので、私の考えをそのまま言葉にした。
「正直、何度も使ったわけではありませんから、そもそも術に慣れていないからというのは、あり得なくないですか?」
更に私なりの根拠を付け足す。
「変化とか使う前から出来るという感覚がありましたけど、そういうのもありませんし……」
それはそもそも出来ないからではないかと思うのだ。
すると、雪子学校長は「ああ、そっちではないよ」と首を振る。
「そっち?」
意味もわからず思わず聞き返してしまった私に、雪子学校長は「術に対する慣れじゃ無く、人間が術を使えるという非常識への慣れ……というべきかな」と説明してくれたが、今ひとつピンとこなかった。
そんな私に雪子学校長は「卯木くんは、普通の人が、火を出したり、雷を出したり、雨を降らせたり出来ると思うかね?」と尋ねてくる。
「出来ないと、思います」
「私もそう思う」
雪子学校長の言葉は、意外だったので、ついポカンとしてしまった。
そんな私に雪子学校長は「だが、その意識が無意識下で術の発動を妨げている可能性があるんだよ」と告げる。
「卯木くんが実際に狐火や稲妻を出した時、呪文だけで無く、頭にイメージを描いていただろう?」
確認するような雪子学校長の言葉に、確かにそうだったと私は首を縦に振って肯定した。
「『神格姿』における力の発動条件で何より重要なのはイメージなんだ」
雪子学校長の言葉に、私はなるほどという気持ちで頷く。
「今の卯木くんは術が発動するのに必要なイメージに、人間には術が使えないというコレまでの人生で積み上げてきた常識が蓋をしている可能性がある……つまり、人間の姿でも術が使えるというイメージに慣れていない、というわけだ」
私は雪子学校長の節目に、そうかも知れないと思う反面、本当にそうなんだろうかという疑いの気持ちを抱いてしまった。
少なくとも、私の中で変化中は術が使えないという認識の方がしっくりくる。
けれど、そう思考した私は、そこでこの『変化中は術が使えない』という考えが原因である可能性にも行き着いてしまった。
「あ、あれ、えっと、私はどうしたら?」
思考の迷路にはまり込んでしまった私は思わず頭を抱える。
すると、湯船の中を進んで近づいてきた雪子学校長が、優しく私の肩に手を置いた。
「考えるのも大事なことだが、一旦考えるのはおいておいて、ただ試してみることも大事だぞ」
「……試す」
「その姿のままで、自分の力で雨を降らすイメージを浮かべながら『狐雨』と呪文を唱えてみなさい」
どうすれば良いのかという私の戸惑いに、雪子学校長の言葉はスッと真っ直ぐな一本道を引いてくれたように響く。
私はその言葉に頷いて、目を閉じて頭に雨が降る光景を思い描いた。
それから、呪文を口にする。
すると、変化の時のように額にぽわっと熱が籠もり、その直後サーという音が響いた。
直後、顔にジョウロから放たれる糸のように細い雨のシャワーが、私の顔に降り注ぐ。
慌てて目を開くと、見事に私の周囲にだけ雨が降っていた。
というより、雪子学校長と花子さんはいつの間にか私から距離を取って雨の被害から免れている。
私の周辺というごくごく局地的な雨は「やんで」という私の言葉であっさりと霧散した。
雨の水気で大分重みを増した頭の上のタオルがもの凄く重い。
顔をしたたり落ちる水滴に表情を引きつらせながら、私を残してさっと回避した雪子学校長のジト目を向けた。
「せ、成功したじゃ無いか、コレで変化中に術が使えないという仮説は見事否定されたね」
明るい口調でいう雪子学校長の言葉に、実験を奨めながら被害を一緒に被ってくれなかった裏切り者という印象が強いせいで、私は好意的な返しが出来なず「……それはそうですが……」と不満混じりになってしまう。
そんな私に対して雪子学校長は「仕方が無いじゃ無いか」と言い出した。
「君が呪文を口にしたタイミングで、君の頭の上に雲が湧いたんだ。その下にいると雨に濡れるなと思ってしまったら、体が勝手に動いたというわけだ」
体が勝手にと言われてしまうと、私にも身の覚えがあるので、自分が折れるしか無いかという方向に思考が傾く。
「無意識なら、仕方ないです……ね」
「許してくれて安心したよ」
そう言って雪子学校長が私に手の平を向けた直後、私のタオルも髪も綺麗に乾き、重みも消え去った。




