拾肆之拾 念願の
「スカートも、変な感じはしないよ」
左の腰でホックを留めて、ファスナーを上げた舞花ちゃんは、スカートの上から手を当てて、生地を太ももに押し付けた。
「肌がチクチクとかしないし、つるつるな布が無いのに、すべすべしてて面白いよ!」
舞花ちゃんの報告に、理解が追いつかずに「つるつるの布?」と疑問符付きで繰り返すと、志緒ちゃんが「裏地の事だと思うよ」と予想を教えてくれる。
「あ、う、裏地ね」
頷きで応えたものの、スカートの裏地がうまく思い浮かばなかった。
「リンちゃん、今度実物を見せて……着せてあげるね!」
笑顔で言う志緒ちゃんには、私g全くわかっていないことがバレバレだったらしい。
確かに、裏地で連想したのは、不良漫画の主人公の学ランの裏側に付けられた龍やら寅やらのイラストに、喧嘩上等やら、天上天下唯我独尊やら刺繍されたものなので、流石に違うはずだ。
花柄とか、水玉とか、オシャレとしてスカートの裏地に柄のあるものが使われるのかもしれないけど、どうにもコレだと思えるものが思い浮かばなかったので、下手に考えず、志緒ちゃんの言葉に従うことに決める。
「……お願いします」
志緒ちゃんは「任せて!」とポンと胸を叩いて見せた。
舞花ちゃんが着ている制服は、私の人形が着ていたセレニィに変身できるものだ。
当然、制服はアニメの中でセレニィに変身する月元蓮花のものが元になっている。
基本制服はキャラクター共通で、ブラウス、ブレザー、スカートに差は無かったが、靴下だったり、タイツだったりと、足に身に付ける部分ではキャラ付けというか、キャラ毎の違いがあった。
蓮花はニーハイソックスを履いているので、当然舞花ちゃんが足を通すのもニーハイソックスである。
当たり前の事だけど、ニーハイは膝上丈の靴下なのでかなり長く、人形のバランス感覚と筋力があれば、立ったままでも履けるだろうけど、私なら椅子に座ってないと、バランスを崩して倒れてしまう筈だ。
だというのに、舞花ちゃんは「よいしょ」と口にするだけで、いとも簡単に履いてしまう。
片足で微動だにせず履いてしまった舞花ちゃんの身体能力の高さに、思わずスゴイと思ってしまった。
流石に、膝下まで履き上げてから、その後、足を降ろして太ももまで上げるという二段階で履いていたけど、それでも凄いと思う。
私が驚きながら見詰めている間に、舞花ちゃんはあっという間にニーハイソックスの位置を整えると、襟をめくり上げて、リボンから伸びるゴムの紐部分を首に通して、パチリと留め具を留めて、手早く襟を元に戻した。
そのまま流れるようにブレザーを手に取ると、右、左の順番で袖を通していく。
皺が残らないように、何度か生地を引っ張りながら、ブレザーのボタンを留めて、舞花ちゃんの着替えは完了した。
「どう、マイちゃん?」
志緒ちゃんは笑顔で声を掛けながら、手にしたパッドを舞花ちゃんに向けた。
パッドには蓮花モデルの制服を身につけた舞花ちゃんの姿が映っている。
背景の状況からして、シャー君の目にしているものが、映し出されているようだ。
舞花ちゃんが少し近づいて、パッドを凝視し始めると、志緒ちゃんは「シャー君、お願い」と指示を飛ばす。
『了解シャー!』
快く返事をしたシャー君が、舞花ちゃんの周りを円を描くように移動し始めた。
その動きに連動して、パッドの中の舞花ちゃんが回転を始める。
舞花ちゃんの周囲をシャー君が三周したところで「うん! 大丈夫そう!」という声が上がった。
満面の笑みを浮かべた舞花ちゃんは「シャー君、ありがとう。しーちゃんも」と口にしてお礼を伝える。
『お役に立てて嬉しいシャー』
嬉しそうに返事をするシャー君に続いて、志緒ちゃんは真剣な表情で「いよいよね」と口にした。
舞花ちゃんは、志緒ちゃんに真っ直ぐ体を向け、コクリと無言で頷く。
そのやりとりだけで、空気が一瞬で張り詰めた。
舞花ちゃんはゆっくりとした動きで、ステラに視線を向ける。
そこで、長く生きを吐き出した舞花ちゃんは、目と閉じてゴクリと息を飲み込んだ。
見ているだけなのに、もの凄い圧迫感が私に纏わり付いてくる。
コレまでとは違う真剣で緊迫感のある空気の中、舞花ちゃんはステラに「変身を試したいので……お願い」と声を掛けた。
『任せて、マイちゃん!』
ポムッとぬいぐるみチックな手で胸を叩いたステラは、視線を舞花ちゃんから志緒ちゃんに移す。
志緒ちゃんは自分に視線が向けられたのを感じ取ったことを、頷きで示すと「配置を決めるね」と宣言した。
完全に見ているだけになっている私と違って、舞花ちゃんもステラも、志緒ちゃんの指示で動く事を認識していたらしい。
舞花ちゃんもステラも黙った」ままで、志緒ちゃんに向けて頷いた。
志緒ちゃんもそれに頷きで応えると、すぐに口を開く。
「今回は人形では無く、マイちゃん本人が変身するので、マイちゃんの前方にステラ、後方にシャー君、側面からリンリン様、私とリンちゃんは何かあった時にすぐにマイちゃんを支えられるように、左右に分かれて待機!」
あっという間に指示を出した志緒ちゃんに、私たちは打ち合わせることも無く「「了解」」と声を揃えて返事をしていた。




