拾肆之玖 裏表
顎に手を当てた志緒ちゃんは、舞花ちゃんが自分の人形からブラウスを脱がしたタイミングで「脱がせたタイミングじゃ無かったか……」と呟いた。
舞花ちゃんが脱がしたばかりのブラウスを机に置いて、自分の人形を立たせる。
このタイミングでも制服に変化は無かった。
仮説としては、現在のサイズの元になっている人形から脱がされ、舞花ちゃんだけが触れた状態になったタイミングで、サイズ変化が起こるはずなのだけど、どうも違うらしい。
単純に三組の制服全てにサイズ変化のアップデートが施せたと思っていたけど、それが失敗で、志緒ちゃんの人形が着ていた舞花ちゃんの制服だけに付与出来たのかもしれないと私は考えていた。
ところが、サイズ変化は私の想像していなかったタイミングで始まる。
「えっ」
思わず驚きの声を上げた私に、志緒ちゃんが「ひとまとめにした時に発動するみたい」と簡潔に何が切っ掛けなのかを説明してくれた。
つまり、靴下、ブレザースカート、ブラウス、リボンと、制服一式を一塊にした後で、たった一人、もしくは一体が触れるとサイズ変更が発動するということだと思う。
志緒ちゃんが言っていたからでは無いけど、脱がしている最中に発動しなかったのは事実で、脱がされた制服は机の上にバラバラに置かれていた。
脱がし終えてから、それぞれを畳んで一カ所に重ね、最後に舞花ちゃんがリボンを乗せ終えた後、改めて触れたタイミングで変化が始まった様な気がする。
事実の認識が志緒ちゃんの見解に大きく引っ張られてしまった気がしなくも無いけど、改めて後ほど動画を確認すれば裏はとれるはずだと考え、変化の条件を考えるのは先送りすることにした。
というのも、自分サイズに大きくなっていく制服を前に、舞花ちゃんが興奮状態になってきたのである。
これはもうすぐにでも服を脱ぎ始めてしまいそうな勢いなので、暴走寸前といってもおかしくないと私は思って身構えた。
「舞花ちゃん、ここで脱いじゃ駄目だよ!」
案の定、制服を脱ぎ始めた舞花ちゃんに、私はそう言って制止を掛けた。
が、舞花ちゃんの「なんで?」という切り返しに、私は言葉に詰まる。
私の頭に浮かんでいるのは『皆の目があるから服を脱ぐのは駄目だ!』という考えなのだけど、今更と言われるのが予見出来るだけに、なんと言えば良いかが瞬時には思い浮かばなかったのだ。
とはいえ、そこで終わらせるわけにはいかないと懸命に考えた私は、どうにか言葉を絞り出す。
「えっと、まだ、その、制服が安全かわからない……ので……」
苦し紛れな私の発言だったけど、舞花ちゃんは「安全?」と首を傾げつつ、一応手を止めてくれた。
「そ、そうです。人形では試しましたけど、人間の体では初めてなので……思わぬ不具合があるかも知れません!」
勢いに任せて浮かんだ言葉を口にした割りには、それなりに筋がと打っているんじゃ無いかと思う。
それを示すように、眉を下げた舞花ちゃんが「じゃあ、そうすればいいの?」と、上目遣いで私を見詰めてきた。
ここで私は完全に行き詰まる。
そもそもが皆の……私の見ている前で着替え始めたのを止めたいという今話した内容とは違う理由が切っ掛けなので、対策までは全く考えていなかったし、上手く対策も思い浮かばなかった。
嫌な汗が背中にじわっと湧いてきた私の肩に、志緒ちゃんのてがポンと置かれる。
「リンちゃんがマイちゃんを心配してるのはわかるけど……試さないとわからないよね?」
志緒ちゃんにそう尋ねられて、私は「それはそうですけど」と頷いたが、この先は梨がどう展開していくかわからなくて、心の中に不安が広がってきた。
それが表情に出ていただろう。
志緒ちゃんに「マイちゃんを心配する気持ちはわかるけど、試させてあげてくれないかな?」と勘違いされた上にお願いされてしまった。
それに対して、どう返そうかと考えていると、舞花ちゃんも「お願い。リンちゃん」と上目遣いのまま大きく瞬きを繰り返して、許可を求めてくる。
「え……と」
続けるべき言葉が浮かばず、私は完全に困ってしまった。
そのタイミングで舞花ちゃんが「大丈夫だよ」と言い出す。
反射的に浮かんだ『何が?』という疑問は、舞花ちゃんの言葉の前に瞬時に消し飛ばされてしまった。
「とっても優しいリンちゃんが出してくれたものが、舞花を傷つけるわけ無いって信じてるから!」
目映い笑顔と共に放たれた舞花ちゃんの絶大な信頼を感じる言葉に、私は胸を打たれる。
「わ、わかったよ、舞花ちゃん」
熱に浮かされる様なふわふわした感覚のままで、私は気付くとそう返していた。
「ありがとう、リンちゃん!」
舞花ちゃんは言うなり、バサバサと音を立てながら自分が身につけている制服をあっという間に脱いでいく。
もちろんそこで終わりでは無く、ウキウキした様子で舞花ちゃんは畳んでいた制服の中からブラウスを取りだして袖を通し始めた。
「リンちゃんに安心して貰うためにも、変なところが無いか教えてくれる?」
志緒ちゃんの言葉に、舞花ちゃんは「そうだね」と言いながら、お腹側から首に向けて、ブラウスのボタンを留めていく。
舞花ちゃんはあっという間に前ボタンを留め終え、袖口のボタンを留めきって「えっと、ボタン求めやすいし、チクチクしたり、動きにくかったりはしないよ!」と微笑んだ。




