拾参之肆拾捌 自意識
「リンちゃん、どうしたの? 不具合?」
異変を察知した志緒ちゃんが心配そうに声を掛けてくれた。
が、恥ずかしくなったから動けないとは言えない。
人形から体の感覚を元の自分の体に戻しつつ大きく息を吐き出した。
感覚を戻したところで、鼻をくすぐる爽やかなハーブの香りと、頭を冷やすようにヘルメット内部に巡る冷風が、私に落ち着きを取り戻してくれる。
鼻から空気を吸って、ハーブの香りを堪能しつつ、改めて、今度は細く長く息を吐き出したことで、私の本体は、かなりリラックスしたようだ。
身体の感覚を人形の方に戻して『大丈夫です。感覚を人形に変えると、匂いが急にしなくなるので、ちょっと混乱したんです』ともっともらしく聞こえる答えを伝える。
「あー、なるほど、嗅覚も影響が出るか調べた方がいいみたいだね」
志緒ちゃんは心配そうな表情から、考察する真剣な表情に替えながら深く頷いた。
そのまま志緒ちゃんは思考の海に潜っていったようなので、舞花ちゃんの視線が私本体であるこちらに向いていることを確認して「じゃあ、着替えてしまうので、私の体見ておいて貰って良いですか?」と声を掛ける。
舞花ちゃんはチラリと志緒ちゃんを確認してから「了解! 舞花に任せて」と請け負ってくれた。
こうして二人の視線が私の人形から離れているうちに脱いでしまえば、恥ずかしくないと思ったのだけど、舞花ちゃんはサラリと逃げ無知を塞いでくる。
「シャー君、スーちゃん。リンちゃんの人形の様子を見ててねー」
サラリと指示を出しているけど、これは単純に見ているだけではなく、録画もされるということだ。
しかも、舞花ちゃんは「リンリン様は、リンちゃんの様子の記録をお願いします」と本体の方にもきっちり指示を出してくる。
舞花ちゃんは最年少であるが……というよりも、最年少であるが故に、皆の行動をしっかり観察して記憶しているので、こういった場面で主導権を得ても動揺することなく、指示を出すことが出来るし、前例にも忠実なので、隙がなかった。
舞花ちゃんに振ったことで状況がより悪化したような気もしなくもないけど、全ては私を心配してのことであり、舞花ちゃんの導き出した最適解なので、これを覆すことは難しい……というよりは無理だと思う。
別に服を脱ぐだけだからと心の中で言い聞かせてさっさと作業を終えてしまおうと思ったのだけど、変に気合を入れたせいか、落ち着いたはずの心臓の鼓動が少しずつ早くなり始めてしまった。
感覚のメインを人形に移動させたことで、心臓のドキドキは感じなくなった。
感じなくなっただけで、続いてそうな気はするけど、そちらは舞花ちゃんとリンリン様が見ていてくれるので大事には至らないだろう。
そんなことを思いながらほんの少しチラリと視線を向けただけなのに、リンリン様がそれに気が付いて『大丈夫じゃ、主様。主様の体はわらわと舞花できっちりびっちり見張っておるからのぅ~しかも今なら大サービス録画のおまけ付きじゃよぉ~』とこちらの心情を見抜いているとしか思えない声のかけ方をしてきた。
ここで反応をすると、リンリン様の思うつぼなので『頼みました。リンリン様』と返す。
声を人形から出したお陰か、声に震えはなく、リンリン様も『うむ、任せておくのじゃ』と言うなり視線を私の本体に向けてしまった。
あまりにもあっさり話が終わってしまったので、私が空回りしていただけなのかも知れないと、自分の自意識過剰ぶりに目を覆いたくなる。
が、ここで立ち止まっている訳にもいかないので、人形の体を操ってブレザーのボタンに手を伸ばした。
着替えを返しした私の正面には、ステラがぷかぷかと宙に浮かびながらこちらを見ていた。
後ろにはシャー君が陣取っていて、前と後ろからサンドイッチで着替えを見られている。
人形の体なので特に何も感じないと思ったいたのだけど、予想に反して恥ずかしさがこみ上げてきた。
とはいえ、自分の本来の体と違って、心臓もなければ呼吸もしていないし、体が火照ることもない。
ただ、どうにも落ち着かない気持ちが胸の内で渦巻いている感じだ。
それでもどうにかブレザーの大きめのボタンを外して、脱いだ後で軽く畳んだところで置き場所に困る。
更衣室で着替える時は丁度良い高さに、机が置かれていたのでそこに脱いだものを置けば良いのだけど、今は人形の体で、人間サイズの机の上に立っており、丁度良い高さにブレザーを置ける場所はなかった。
カンニングになる気がして、少し申し訳ないなとは思ったものの、先に服を脱いでいる舞花ちゃんの人形をチラリと確認する。
すると、どうやら足下に制服を置いているようだったので、私もそれに倣うことにした。
参考になったのは良いものの、制服を脱いだ舞花ちゃんの人形は、下着というか、肌着姿なので、妙な背徳感がある。
意識しないように思えば思う程、頭に目にした一瞬がフラッシュバックしてくるので、それらを置き去りにする気持ちで手早く残りも脱いでしまうことにした。




