拾参之参拾陸 完了後の
アップデートが終わった直後、私は早速抗議の声を上げた。
「ちょっと、聞いてませんよ、志緒ちゃん!!!」
対して志緒ちゃんは涼しい顔で「冷静に考えて頂戴」と切り返してくる。
「冷静?」
思わず聞き返した私に大きく頷いた志緒ちゃんは「リンちゃんが事前に話を聞いて、私のイメージ内容を知っていたら、実験になら無いでしょう?」と言い放った。
思わず『確かに』と思ってしまった私に、志緒ちゃんは更なる一言を放つ。
「リンちゃんを信じていたから出来たの!」
「わ、私を信じていた……ですか!?」
どういうことだろうという気持ちが強くなって、志緒ちゃんの話の続きを知りたいと思ってしまった。
巧みに誘導されているというのはなんとなくわかってはいても、好奇心には逆らえない。
完全に私を手玉にとっている志緒ちゃんは、自分のペースで話を続けた。
「リンちゃんに悪影響が出る程大変な時は、具現化自体が解除されるでしょう?」
「それは……確かに……」
志緒ちゃんの指摘は単純に事実なのもあるし、痛みに関しては耐えられる範疇なので、悪影響の範疇に入らないと思う。
悪影響というのは、きっと、後遺症が残るようなことだと思うので、セーフの筈だ。
なので、問題ない……問題ないと思う。
どうも断言出来ない、何らかの引っかかりに戸惑っている間に、志緒ちゃんは次を口にしていた。
「それに……リンちゃんは無茶しないって約束してくれたもんね! 私はそんなリンちゃんを信じているから踏み込んだんだよ」
ジッと私を見詰めて言う志緒ちゃんから視線を逸らす事が出来ず、私は勢いに飲まれて「信じてくれてありがとう」とどうにか返す。
別段後ろめたいことがあるわけでは無いけど、若干、声が震えてしまった。
言い訳ではないけれど、無茶はしないとは思っていても、どこからが無茶になるかはその人の判断次第だと思うので、私の許容範囲と志緒ちゃんの許容範囲がズレている可能性もある。
そうだった場合、もしかしたら、私の許容範囲が志緒ちゃんのアウトに掛かっているかもしれず、意図せず信頼を裏切ることにはならないだろうかという疑念を抱いてしまったのが原因だった。
余計な考えを巡らせてしまったせいで、心臓がバクバク言っている私に対して、志緒ちゃんはサッと視線を動かす。
「ともかく、無事、マイちゃんと私の人形を具現化出来たんだから、それで良し、でしょ?」
一端具現化した二体の人形を視界に収めてから、志緒ちゃんは私に振り返りニコッと笑って見せた。
志緒ちゃんのイメージは、舞花ちゃんの人形のサイズを変えるだけではなかった。
なんと、二体に分裂させて、分裂させた一体を自分の姿にするというかなり挑戦的な内容だったのである。
まず、一体の人形を二体に分裂させるというのが、アップデートの範疇で対処出来るかがわからなかった。
それだけでも未知の領域に突入しているというのに、更にそのもう一体の容姿を、元の人形とは異なるものにするというイメージまで上乗せしている。
失敗してもおかしくない内容だったのに、結果的には、人形は二体に増え、それぞれ舞花ちゃんの人形と志緒ちゃんの姿となった。
正直、私では思い付かなかった内容だし、志緒ちゃんに感謝しなければと思うところではある。
何しろ、私の目指す皆の安全のために分身の体を提供するというプランに対して、同時に複数のしかも姿をぞれぞれに合わせた体を具現化出来る可能性が示されたのだ。
実際の運用までにはいくつもの工程や実験を挟むだろうけど、少なくとも不可能ではない。
アップデート終了直後は、不意打ちに動揺して校ぎっしてしまったものの、少し落ち着いて考えてみれば、かなりのファインプレーだったのではないかと思い直した。
志緒ちゃんと舞花ちゃんの人形は、分裂前と同じ1/8サイズで具現化されていた。
シャー君による計測でも、きっちり1/8になっているらしい。
縮尺が正しくなった舞花ちゃんの人形が、私の人形とほぼ同じ身長になっていることに、心がモヤッとしたけど、ここは見なかったことにしてスルーすることに決めた。
ちなみに、舞花ちゃんの人形も、志緒ちゃんの人形も、同じ制服を身につけている。
制服といっても、私たちが身に付けている緋馬織の制服ではなく『ミルキィ・ウィッチ』の主人公達の学校の制服だった。
アニメの制服だからか、一般的な学校の制服と比べるとかなり華やかで、色合いはかなり明るく、目を引く配色になっている。
ただ、形自体はスーツタイプのブレザーに、チェックのスカート、ブラウスに胸のリボンと、アニメ独特の形状ということは無かった。
それでも空を思わせる真っ青のブレザーに、ダークグリーンのラインが入った真っ赤なチェックスカート、大きな黄色のリボンという組み合わせは、現実に採用する学校はないだろうとは思う。
二人の人形はそんな制服を身につけているのだけど、自分の人形をチェックしている二人を見ていてある事実に気が付いた私は、思わず目を丸くすることになった。




