拾参之弐拾漆 自覚
なんとなく言いたいことはわかったような気がするのだが、上手く言葉にし直すことが出来ず、私は「え、えーと……」と発する言葉に迷ってしまった。
「リンちゃん」
急にこちらをジッと見て名前を呼ばれて事で、私は思わず緊張をしてしまう。
「は、はい?」
普通に返事をしたつもりが、かなり上擦ってしまった。
そんな私に、志緒先生は「別に、わからないなら、わからないって言えば良いと思うよ」と言い放つ。
ズバリと言われてしまった私の心臓がドキッと高鳴った。
「リンちゃんって、何でも出来る感じだし、そういうイメージがあるけど……たまに無理しているように見えるんだよね……だから、ね、リンちゃん。別に出来ない事や知らないことがあっても、それは当たり前の事だし、素直に振る舞えば良いと思うんだよ」
とても穏やかな表情で、私に言い聞かせるように言う志緒先生は、更に「ここにはリンちゃんに駄目なところがあっても、笑う人も馬鹿にする人もいないよ」と続ける。
暖かくて優しい心に響く志緒先生の言葉で、私は『どういう風に見えているのか』を知った。
大人だった……いや、指導する立場だったという思いが私の根底にあるから、教わること……教えて貰うことに、潜在的な抵抗があるのだと思う。
それでも無理して、取り繕うとする姿が、志緒先生の言うところの『無理している姿』になるんだと気が付いた。
理想の教師像に縛られて、知らないことは素直に教えを請うという選択肢に蓋をして締まっていたらしい。
何でもかんでも聞いてしまうのは、それはそれで正しくないが、自分の考えだけで閉塞してしまうのも愚かなのだと、改めて自分の極端さに苦笑を禁じ得なかった。
「志緒ちゃん……うんうん。志緒先生、もう少し噛み砕いて説明して貰っても良いですか?」
私がそう尋ねると、志緒先生は「もちろん」と頷いてくれた。
舞花ちゃんは「志緒先生、舞花にも教えて!」と言いつつ、私にベタッとくっついて手を挙げる。
すると、頭の上のリンリン様が『わらわも聞いてやっても良いぞ』と言いだし、シャー君が舞花ちゃんとは反対側から密着してきた。
『オイラも忘れないでほしいシャー』
密着で感じる皆の気配に、くすぐったいものを感じていると、志緒先生が突如キレる。
「ちょっと、皆! 何でリンちゃんにくっつくのよ!」
志緒先生が話し出すタイミングだったので、怒る気持ちもわか……
「私もリンちゃんにくっつきたいわ!」
……ってなかった。
「つまり……人形に入り込んでいた感覚は、ヘルメットから出る特殊な電気信号を脳が受信することで得ていたんですね……」
志緒先生に、何度か説明を繰り返して貰って、ようやく理解した私だったが、その内容には驚きしかなかった。
神経を流れる電気信号によって、見えたものの情報や触れた感触が伝わったり、反対に、体を動かせたりというのは、なんとなく知っている。
私が具現化したヘルメットは、その電気信号を脳と送受信することで、人形からの感覚を脳に伝え、逆に脳からの指示を人形に伝える仕組みだそうだ。
正直、なるほどと思ってしまったが、自分が具現化したものの仕組みを教えて貰うというのには、不思議な感覚ではある。
とはいえ、ここを深掘りしても混乱しそうな気がするし、下手に知識を増やすと、再度具現化する時の難易度が上がりかねないので、ここまででそれ以上考察するのは辞めておくことにした。
「うん。その電気信号を意図的に再現したり、生み出したり出来るようになれば、まーちゃんやリンちゃんが目指す疑似体験のシステムになるんじゃないかな」
志緒先生の言葉に、私は「確かに」と頷いた。
それから、私は気付いたことを口に出す。
「電気信号の記録や再現を、リンリン様やシャー君、オリジンに手伝って貰うんですね」
「そういう事よ」
私の言葉に志緒先生が満足そうに頷いてくれた。
次いで、リンリン様が『主様が手伝って欲しいというのなら手伝ってやらぬ事もないのじゃ』と私の頭を前足でたしたしと叩き始める。
私は噴き出しそうになるのを堪えて、リンリン様に「リンリン様のお力が必要です、是非手伝ってくれませんか?」とお願いした。
『主様にそう言われては仕方ないのうぅ。任せるのじゃ!』
その口調と声の調子で、リンリン様が満足してくれたのがわかる。
わかるのだけど……機械であるリンリン様が声音を機嫌に合わせて帰るのって実は凄いことなんじゃないかと思ったが、下手に考察すると、今後に悪影響が出るパターンだと直感を得たので、そこで考えるのを辞めた。
一方、リンリン様が気分良さそうにしているのを見たためか、シャー君が志緒先生に向かって飛んで行って纏わり付きながら『オイラも頑張るシャー!』とアピールを始める。
志緒先生が「もちろん、よろしくね」と笑みで返すと、シャー君も嬉しそうに前ヒレを揚げた。
そんな和気藹々とした雰囲気の中で、舞花ちゃんが「舞花もスーちゃんを連れてきたい!」と言い出す。
舞花ちゃんのヴァイアであるステラは、カード作成班のサポートのために結花ちゃんに貸し出されていた。
その事は当然舞花ちゃんも納得の上で承諾していたのだけど、シャー君とリンリン様の行動を見て、気持ちが揺らいでしまったのだろう。
私は解決策を頭にいくつか浮かべながら、話の流れを言ったん見守ることにした。




