拾参之拾伍 交代
「それじゃあ、今日はここまでにしよう」
月子先生の監督の下、球魂との会話と名前の表示に限定したコンタクトレンズの作成を完了させたところで、終了が宣言された。
私がコンタクトレンズを出現挿せる間、月子先生はメガネを掛けて私を監視していたので、読心の機能を追加していないことを確認して貰っている。
まあ、むやみやたらと相手の考えが読めるのは、お互いにとってよろしくないと思うので、そもそも機能を付与するつもりはなくなっていたのだが、月子先生が文字通り監視してくれたことで、保証してくれるはずだ。
「あの、月子先生」
「なにかな?」
「えっと……着けなくても良いですか?」
ベッドの横に備え付けられた医療機器に繋がる電極のパッドを指さしながら尋ねてみる。
「あー、これか……」
月子先生は電極パッドが繋がるコードを持ち上げながら「確認してみた方が良いな」と口にして、コードを手にしたのは反対の手で懐からスマホを取りだした。
「すぐに来るそうだ……花子が」
「は、花ちゃんが……」
月子先生と言葉を交わし合ったところで、妙な間というか、静寂が訪れた。
私としては、医療機器が関わることなので、花ちゃんという人選にヤッパリかという思いがある。
一方、月子先生としては報告は終わっていた。
元々戻るタイミングだったので、続ける言葉が無いのだろう。
そんなわけで妙なお見合いになってしまったのだが、そこに気まずさを感じるより先に廊下に誰かが……花ちゃんが駆け寄ってくる音が響いた。
「リンちゃん、お待たせ!」
カーテンが勢いよく引かれ、満面の笑みを浮かべた花ちゃんが突撃してくる。
そんな花ちゃんにジト目を向けた月子先生が天を仰ぐ様に顔を上げた後で目を覆う様にその手を顔に乗せた。
「我々教師陣が廊下をは知ってどうする!」
月子先生のガチめの説教を聞くのは意外にも初めてだなと思いながら、シュールな二人の様子を見詰めていた。
何がシュールかと言えば、その身長差である。
今は月子先生が変装というか変化というか、偽装というかを解いて、本来の子供サイズになっているので、頭の位置が胸下の少女から、大人の花ちゃんがお小言を頂戴している画になっていたのだ。
姉である月子先生が、妹である花ちゃんを叱っているので、状況としては正しいのだけど見た目の構図がもの凄い違和感を醸し出しているのが、どうにも落ち着かない。
そんなことを思いながら、お説教の終わりを待っていると、旗色が急激に変わった。
「教師じゃ無いからとか、屁理屈は要らない!」
花ちゃんを叱りつけた月子先生の目には、例のメガネが掛けられている。
どうにも花ちゃんは怒られながら余計なことを考えた様だ。
とりあえず、私も花ちゃんの様な立場になった時に、気をつけなければいけないと心に刻みながら、こちらに飛び火しない様に、ギュッと口を強く結ぶ。
が、長くなるだろうと想定した月子先生のお叱りの言葉は、意外にも、その直後の「ともかく、気をつけなさい」という言葉で幕を下ろした。
正直、狐に鼻を摘ままれた気分だが、月子先生は矛を収めるなりすぐに帰ってしまったので、何が起こったのかを聞くことは出来なかった。
推測にはなるものの、月子先生は気持ちが読めるメガネを着けていたので、何かしら『切り札』になる様な事を花ちゃんが思い浮かべたんだろう。
姉妹ならではのネタもあるんだろうなと思うと、隠し球を揃えていた花ちゃんが、恐ろしく思えてきた。
そんなタイミングで「リンちゃん」と名前を呼ばれたものだから、私は思いの外、大きく体を震わせて反応させてしまった。
「なん……ですか?」
動揺が声に現れてしまったが、花ちゃんはそれに触れずに「上着の前を開いてくれる?」と言い放つ。
私は断わることも出来ずに「はい」とだけ答えて、紐を解いて前を開いた。
「それじゃあ、付けるわね」
私は「はい」と答えて左右に開いた上着を両手で押さえる。
間を置かず、ヒヤッとした感触がして、最初に浸けて貰ったのとほぼ同じ位置に電極パッドの感触が戻ってきた。
「ちょっとそのまま待っててくださいね」
花ちゃんはそう言うと、医療機器の調整を始める。
時折、電子音がしていたかと思うと、間隔が一定に変わった。
「これで、大丈夫です。もう前を締まっても良いですよ」
花ちゃんにそう言われて、私は服を押さえていた手を下ろすと、コードを引っかけてパッドを外さない様に気をつけながら服の前を重ねる。
右脇の紐を結び直して顔を上げると、目の前に花ちゃんの掌が接近していた。
驚いて声が出そうになったものの、とても優しい手つきでおできに当てられた花ちゃんの手に押されて、ベッドに仰向けに寝かされる。
私のおでこに触れたのとの反対の手で枕の位置を直してくれていたのか、肩がベッドに触れた時には頭も枕に収まっていた。
「それじゃあ、私は戻りますね」
花ちゃんは私に布団を掛けた上で、そう言ってにこりと微笑む。
普段というか、これまでの花ちゃんとはまるで別人の様な静かな対応に驚きが止まらなかった。




