参之壱 神世界へ挑む為に
「それじゃあ、はじめようか?」
雪子学校長の言葉に私は「はい」と返事をしつつ、深く頷いた。
今、私たちがいるのは、始業式で使った講堂の真下に設置された訓練施設で、実は上にある講堂よりも面積は広い。
時刻は既に午後8時を回っていて、子供達は既に就寝時間間近なので、それぞれ自室で就寝準備中だ。
花子さんは、この監督についているので、この場には私と雪子学校長しかいない。
雪子学校長はジャージ姿で、私は小学校の体操服、半袖のバレーシャツに、膝丈のハーフパンツ、靴は上履きとして提供して貰った赤ラインのバレーシューズでは無く、屋内スポーツ用の紐靴を支給して貰った。
一応雪子学校長も、私と同じ紐靴を履いているので、第三者目線で見たら、部活動の先輩後輩にしか見えないかも知れない。
そんな私たちが何をするかと言えば、いわゆる修行だ。
『神格姿』を手に入れたとはいえ、それだけで『神世界』で役に立てるわけでは無い。
自分の能力を知り、理解して使いこなさなければ、そもそも『神世界』に立ち入ることも出来ないのだ。
「まずは、ある程度使いこなしてきている変化から確認していこう」
「わかりました」
雪子学校長の言葉に、私は大きく頷いた。
「それじゃあ、変化を解く……で、いいのか? ともかくキツネ娘になりたまえ」
「わ、わかりました」
変化を解くという表現は、元の姿に戻ると言うことなのである。
あのキツネ耳と尻尾の生えた姿が『元の姿』なのかと考えると、頷くのに葛藤してしまった。
とはいえ、そこを乗り越えれば、やることは一つなので、私は目を閉じて額に意識を集中させる。
『元の姿』ではなく、『キツネ耳と尻尾の少女』という認識で意識を集中させると、コレまでと同じように全身を熱が包み込んだ。
いろんな意味で変化に慣れたからか、それほどの時間経過も熱も感じずに、すぅっと体を覆っていた熱が引いていく。
「ひにゃっ!」
思わず声が漏れて、私は体に食い込んだ衣服の感触に、変な悲鳴を上げてしまった。
きっちりとお尻を覆うように履いていた下着の中に尻尾が生えたせいで、下着は限界まで引っ張られ、脚の付け根に生地が食い込み、尻尾の毛で自分のお尻が刺激されてくすぐったい。
思わず訓練場の床に転がった私は、うつ伏せのまま、ハーフパンツと下着を一気に下ろして尻尾を解放した。
窮屈な下着の中から飛び出した尻尾は、自由を満喫するように、フリフリと揺れているが、私自身は得体の知れない脱力感で動けそうに無い。
そこに歩み寄ってきた雪子学校長が「お尻を半分出してはしたないぞ。すぐ可能な範囲でしまいなさい」と呆れた様子で指示してきた。
そう言われてお尻が丸出しになっているのは、流石にみっともないと思い、私は転がったままで引き下ろしたばかりの下着とハープパンツを引き上げる。
「ふぇっ!」
勢いよく引っ張り上げてしまったせいで尻尾の付け根にウェストのゴムが激突して、またも変な悲鳴を上げてしまった。
「君は一体、何をしているんだね?」
頭の上から降り注いできた雪子学校長の呆れ声に、私はありのままを答える。
「思っていたよりも、尻尾がくすぐったかったり、敏感だったりで大変だったんです!」
「そ、そうか。じゃあ、しかたないな」
私の訴えの勢いが強かったせいか、雪子学校長はそれだけ言って遠ざかってしまった。
「それじゃあ、再開しよう」
尻尾の分、ハーフパンツを少し下げているので収まりが悪く、相手が雪子学校長しかいないものの、少し恥ずかしかったので、上着のバレーシャツを可能な限り引っ張りながら私は「はい」と頷いた。
「……花子に言って、もう少し大きいサイズのモノを用意して貰いなさい」
僕の現状に大きなため息を漏らした花子学校長に「人間の姿のままじゃダメでしょうか?」と尋ねる。
「……いいかい? 君は未だ初心者だ。卵の殻も捕れていないくらいのひよっこだ」
「は、はい」
「その状態で戦う為の術と変化の術を同時に使うつもりかね?」
「あっ」
雪子学校長の指摘で、ようやくそういう事かと私は理解した。
そもそも変化自体をある程度自分の意思でコントロール出来ていたのもあって、特別なモノという意識が薄かったらしい。
「確かに、いきなりは無茶ですよね」
「そう。だから……その、少し我慢したまえ」
そう言った雪子学校長の視線は、私のショートパンツに向けられていた。
視線のお陰で、雪子学校長が気遣ってくれてると感じた私は、それだけで良いかと思えてしまう。
「すぐに人間の姿でも戦えるようになればいいんですよね!」
私がそう明るい声で言えば、雪子学校長も苦笑交じりに頷いてくれた。
「まあ、そういうことだな」
「頑張ります!」
気合を入れて戦いの術を早く会得して使いこなそうと誓った私だったが、そのタイミングでやってきた花子さんの冷静な突っ込みに言葉を失ってしまう。
「尻尾あっても着れる服を作れば良いじゃ無いですか」
花子さんの言葉に、私は「あ」と一音声に出すのが精一杯だった。
「尻尾の位置は腰のくびれと、お尻の割れ目の間くらいなので、とりあえず、浅めの下着と、このテニス用のスコートで、下着が見えるのが恥ずかしいなら、更にスパッツをはきましょう」
テキパキと持ってきた鞄を広げて、花子さんは自らの言葉に合わせていくつかの服を並べていく。
それから言い笑顔で「それじゃあ、早速着替えてください」と花子さんは、この場を仕切ってしまった。




