拾参之拾肆 真価
両手を空けるために太ももの上に置いていたコンタクトレンズは、エネルギーの送り込みと同時に、丁度、エネルギーを集めるのに向かい合わせにした両手の間まで浮き上がっていた。
当初はコンタクトレンズの形を保っていたが、エネルギーの送り込みと同時に、二つの小さなエネルギーの球体へと変化している。
そこに、私の体を通したエネルギーを流し込んでいたのだけど、コンタクトレンズの変化したエネルギー球はサイズを変えなかった。
あの大きな四つのエネルギー球がどういう理屈で小さな球体二つに収まっているのか、気になるところではあるが、余計なことを考えて、エネルギーを拡散させてしまったら、苦痛と罪悪感を乗り越えた意味が無くなってしまうので、さっさと具現化を終わらせることにする。
エネルギーの流し込みに集中させていた意識を、メガネ型へのアップデートに切り替えた。
意識を切り替えた直後、二つの球体は左右から近づき、一つのやや大きめなエネルギーの塊へと統合される。
そこまでは順調だった変化だが、一つの球体へと変わった所でピタリと変化が止まってしまった。
見た目ではわからないが、私の感覚が止まったと訴えているので、間違いないと思う。
だとするとその原因を探り出して解消するのだが、そう考えたお陰か、すぐに変化の終着点、つまり、どんなメガネにするかのイメージが足りていなかった事が感じ取れた。
「なかなか似合うじゃ無いか」
出現させたばかりのメガネを掛けた私を見ながら、月子先生は総評した。
「コンタクトもですが、メガネもそんな詳しくは無いので、イメージするのに少し苦労しました」
私は感じたままを言葉にしただけなのだけど、月子先生はこちらをジッと見るだけで何も言わない。
が、その代わりに、月子先生の横に漫画の様な吹き出しが現れて『完璧にフィットする可愛いデザインのメガネを出現させて置いて、その認識というのは、皆が心配するわけだな』という文字が浮き上がった。
「可愛い!? しかも皆が心配って……」
これまでの付き合いから、月子先生が口にするとは思えない吹き出しの言葉に、私は思わず声を上げてしまう。
直後、月子先生は目を平井かと思うと「貸しなさい!」と口にして私の顔からメガネをもぎ取った。
躊躇無く奪ったメガネを着けた月子先生は私に視線を向ける。
とりあえずメガネのレンズには度が入っていないので、気分が悪くなったりはしないと思うけど、渡し様に具現化しているので、何か問題が生じるかもしれないと思いつつ見返した。
すると、月子先生は大きく溜め息を吐き出してから「メガネの度と、私への影響を最初に考えるのか……」と苦笑する。
完全に思考を読まれている様だけど、那美ちゃんで慣れたのと、私自身が吹き出しで心情を読み取れる機能を付与したので、疑問も不思議も無かった。
それよりも、月子先生が普通に『可愛い』という評価の方がインパクトがある。
月子先生はそんなことを考えていた私に向かって改めて大きな溜め息をついた。
「私だって可愛いと評価することはある……というか、そういう感性が私には欠如しているとでも思っていたのか?」
かなり不満そうな月子先生に、私は首を左右に振って「決してそんなことは無いですよ」と返す。
実際、この体になる前の私だって、可愛いと思うことはあった。
女性である月子先生が可愛いという感性が欠如しているわけが無いと思う。
むしろ、本来の体が幼いまま成長していないという秘密を抱えている分、、大人に見せ駆けなければいけないという意識が、幼さを感じさせる言動や感性を見せない様に隠していたと考えるのが自然に思えた。
「凛花さん、余計な詮索はしなくて良い」
やはりというか、当然というか、メガネには私の考えが完全に投影されているのは間違いないだろう。
珍しく耳の先を赤く染めた月子先生の様子から見て、自分のことを詮索されるのは大分苦手の様だ。
よく考えるとあの花ちゃんのお姉さんで、雪子学校長の妹なので、面倒見が良い品により優しい。
体のこともあって、内側や秘密を見られない様に、距離を置いていたんだろうなと思うと……「い、いいかげんにしなさい! 君はそんなことばかり考えていたの!?」……思考を遮る月子先生の強めの言葉に、流石に失礼すぎたかと思考を止めた。
つい勢いのままに考えてしまうのは私の悪い癖だと思い素直に謝る。
「すみません、無神経でした」
頭を下げた私に対して、月子先生は「まったく」と言いつつもそれ以上責めてくることは無かった。
代わりにメガネを外して「これは危険すぎる。使用禁止だ」と言い放つ。
「えぇっ!」
思わず声を上げてしまった私に、月子先生は「人の心を読めるなんて危険すぎる。取り扱いは厳重にする」とバッサリ切り返してきた。
その上で「コンタクトレンズを再度具現する時は、球魂との意思疎通に限って、思考の言語かをするに条件を限定する様に」と月子先生は言い放つ。
すぐに言葉を返せず黙り込んだ私に向かって月子先生は「どうせ、再度具現化するつもりだったでしょう?」と、メガネを掛けている間には考えていなかったはずの思考を読まれた私は、素直に受け入れることにした。
「……わかりました」




