拾参之玖 開眼
エネルギーを取り出し終えてから、アップデートの手順に移ろうとしたところで、私はその方法で行き詰まった。
膨大な量となったエネルギーをコンタクトレンズに流し込んで、アップデートをするわけなのだけど、引き出したエネルギーは私の両手足の甲の上に浮かんだ状態で変化は止まっている。
一方、アップデートするコンタクトレンズの方は私の目の中に装着されたままだ。
体験施設の時の様にエネルギー体に戻せば、自然と瞼を透過して体外に排出されるかもしれないけど、確信が無いのに試すのは怖い。
となれば、目から一端外すというのが一番良い方法だけど、そのためには目を開かないわけにはいかなかった。
これまで具現化する時もアップデートする時も、集中するために私は目を閉じている。
つまり、コンタクトレンズを外すためには目を開かなくれはいけないのに、アップデートを維持するためには目を閉じていなくてはいけないという矛盾が生じていた。
となると、中断するという選択肢が堅実な気もする。
が、エネルギーをこのまま放り出すわけにはいかないので、もう一度神世界に押し戻すためには、苦痛が伴うのが決断を鈍らせた。
このまま悩み続けても状況は良くならないと考えた私は、少し情けない気もしたが、自分一人で解決するのを諦める。
そして、私は「あの、月子先生……」と切り出し、同席してくれている月子先生に相談することにした。
「いっそ、目を開けてみてはどうかな?」
月子先生の言葉に、不安と疑いで私は「でも……」と返してしまう。
大して月子先生は変わらない……というか少し強めの口調で「君なら出来るとも」と言い切った。
とても心強く響いた月子先生の言葉に、やってみようという思いが強まる。
だが、もしも失敗した時に、今度は背中を押してくれた月子先生を巻き込むのではないかという恐れが脳裏を過り、踏み込めなかった。
そんな私の考えを見透かしたかの様なタイミングで、月子先生は「君はこれまでいくつもの無茶苦茶をしてきたというのに、目を開けるくらいで尻込みをするのかね?」と尋ねててくる。
「それは……」
確かに、これまでのやらかしを思えば、月子先生の言うとおりだなと納得してしまった。
そのせいか、言葉の続きが思い付かない。
言葉に詰まってしまった私に向かって、月子先生は「大丈夫だ」と断言した。
更に、月子先生はゆっくりとした口調で言葉を続ける。
「エネルギーを動かすのには集中が必要だ……それ故に、目を閉じて脳内のイメージに意識を向ける必要があるのだろうが、君がこれから試すのは、エネルギーの流れや動きを一時停止して……意識を集中する必要が無い状態で目を開けるだけだ。目を開けた状態でエネルギーを動かすわけじゃ無い。だとすると、簡単にできると思わないかな?」
月子先生の言葉が問い掛けで締めくくられた時点で、私は『そらなら出来るな』という確信を得ていた。
完全に月子先生にコントロールされているなとは思うけど、それでも私の中に『確信』が生まれたのは大きい。
私は多少恥ずかしさを感じながら「目を開けるのは出来そうです」と月子先生に伝えた。
「何かあればフォローする。安心して挑むと良い」
力強い月子先生の言葉に後押しされた私は「はい」と頷いた。
最早不安がなくなった私は「いきます」と宣言すると共に目を開く。
直後、私の開いた目に一気に周囲の景色が映り込んだ。
目を閉じる前と変わらない光景の中で、唯一の変化、空中に浮かぶ大きな四つのエネルギー球が異彩を放っている。
だが、存在に飲まれている場合では無いと、私は軽く頭を振って意識を集中した。
四つの球体それぞれを観察して、変化が起こっていないかを確かめたところで、私は安堵の息を漏らす。
すると、月子先生が「君の様子からして、エネルギーの球が浮かんでいるのだね」と呟いた。
「もしかして、見えてませんか?」
私の問いに対して月子先生は少し悩む素振りを見せた後で「……表現が難しいのだが、気配というか、圧力というか、存在感というか……ともかく、何かがある気配は感じるが、目で直接見ることは出来ていない」と答えてくれる。
その後で少し目を輝かせて「触れてみても大丈夫かな?」と尋ねてきた。
今、月子先生は、二人きりになるとすぐに、本来の姿というか、子供の姿に戻っているので、輝く目を向けられると、どうしても応えてあげなければという気持ちが湧いてくる。
「安定しているので……だ、大丈夫だと思いますが……」
私の返しに、月子先生は「ふむ」といいながら、授業で使う指し棒を取り出して、カチカチと音を立てあっという間に伸ば仕切った。
「では、まずはこれで」
そう言いながら私に視線を向ける月子先生が、何を望んでいるか察した私は「もう少し左……月子先生から見て左です」と告げる。
「配慮ありがとう」
そんなことを言いながら、月子先生はゆっくりとこちらの反応を確認しながら指し棒を、私から見て左側、左手の甲の上に浮かんでいるエネルギー球に近づけていった。




