拾弐之陸拾肆 次へ
グンとお腹……正確には安全帯の触れる腰から前に押し出される感覚がして、それに遅れる様に体全体が下降していった。
明らかにワイヤーは縮んでいて、そのワイヤーが最短となる遊びの無い状態で、体は水平になる。
仕組み自体はわからないけど、金網からの距離はワイヤーが、体の安定は期待の服が影響を及ぼしているのは間違いなさそうだ。
「もう少しワイヤーを伸ばしてみます」
宣言をした上で目の前の表示を確認し、アラビア数字が『1』にもどり、再び『8』に戻ったところで、これまでよりも長くワイヤーを伸ばす。
一気に床が遠くなったが、それでも水平は保っているので、風に吹き上げられたと言うよりは、寝ていた床ごと昇降機か何かで持ち上げられた感覚が近そうだ。
ワイヤーの長さが目一杯になったところで、ピタリと上昇が終わる。
風圧は金網の直近に比べると、多少勢いが落ちてる様に感じられた。
顔に当たる風の感触と髪の乱れ方で測っているだけなので確かなことはいえないが、半分とはいかないまでも、3割は減っていると思う。
その状況で、後ろを振り返ると天井は大分近づいていた。
かなり照明が近づいているが、人形の体のお陰か、光っているライトを直視してもそれほど眩しくは無い。
距離的には天井の方が近いが、床と比較すると、現在地は中間点よりやや上と言った程度で、上にも下にも余裕があった。
一端実験を止めて、金網に立った私に、月子先生が『調子はどうかな?』と問い掛けてきた。
体に痛みは感じないので、各部関節に不具合が無いか確かめるために動かしてみる。
腕を回し、片足ずつ足を上げるが、動かない箇所は無く、動かしにくいということも無かった。
「不具合は特に感じないです」
私の回答に対して、すぐに月子先生から『それは良かった』と返ってくる。
無事にホッとしてくれた月子先生に、私は新たな実験プランを示すことにした。
「月子先生、実は試してみたいことがあるんですが……」
そう切り出した私の言葉に対して返ってきた月子先生の『何かね?』という言葉からは、警戒が増したのを感じる。
とはいえ、言わないことには始まらないので、素直に言葉にすることにした。
「那美ちゃんの気体で出来た服のお陰で、地面に寝転がる様な感覚で体を浮かべることが出来ましたけど、それでは飛行……飛ぶ実験にはなら無いと思うんです!」
私がそう訴えると、月子先生は明らかに反対とわかる口調で切り返してくる。
『期待の服を脱ぐ……と?』
ズバリと私の主張しようとしたことを先回りされて、私は返事に詰まってしまった。
月子先生はそれだけで、自分の推測が正しいと判断したらしく『簡単には許可出来ないな』と続ける。
私は言葉の意図を考えた上で「安全対策ですか?」と求められているであろう事について尋ねてみた。
『当然だが、それもある……とはいえ、安全帯があれば大丈夫では無いかとも思っている』
あえて『も』を強調した様に聞こえた月子先生からの返しに、私はヤッパリなと思いながら、考えを確認するための言葉を口にする。
「気体の服を調べたいってことですね?」
月子先生は『当然、エアバッグの素材同様、調査したいとも』と同意した。
しかし、そこで言葉は止まらず、怒濤の理由が追加される。
『脱いで貰えば良いだけかもしれないが、着ている本人……ウーノ以外が触れられるものかもわからないし、脱いでしまったら、素材が気体である以上消失する可能性もある。検分が万全で無いのに、消失させてしまうのは実にもったいない』
私はその内容に「確かに」と頷いた。
対して月子先生はサラに言葉を続ける。
『加えて、気体の服を脱いでしまった場合、代わりに体を保護するものが必要だろう。流石に、ビキニ姿では危険すぎると思う』
私は再び「確かに」と頷いた。
「じゃ~、ウーノちゃんじゃ無くてぇ、別の子で実験したら良いんじゃないかしらぁ」
リンク用のヘルメットを脱いだ私に、話を聞いた那美ちゃんがそう提案をしてきた。
「私のぉ、おすすめはぁ、もちろん、コリンちゃん!」
満面の笑顔で言う那美ちゃんは、いつの間にか保健室にまで連れてきていた『コリンちゃん』を取り出してみせる。
満面の笑顔を見せる那美ちゃんを見ながら、そう言えば意識のリンク先の選択肢に入っていたのを思い出した。
私は溜め息をついてから、無駄に大きくされてしまった胸が邪魔になると指摘しようとしたのだが、それを那美ちゃんの言葉が遮る。
「おっぱいがぁ、大きい場合にぃ、どんな影響が出るかもぉ、調べないといけないわねぇ。風圧で体がどうなるとかぁ! 特にぃ、ウーノちゃんにぃ着て貰ったぁ、空気の服よりもぉ、一般的な服にしたらぁ、風圧の影響を~強く受けるからぁ、実験のしがいがあると思うわぁ」
完全に那美ちゃんに先回りされた私は、上手い返しをすることが出来ず、その後合流した月子先生の了承を持って、次に実験を行う体は『コリンちゃん』のものということに決まってしまった。




