拾弐之伍拾伍 位置変更
手を挙げると、わかりやすく足下の送風機が轟音を立ててその回転速度を上げた。
回転速度の増加から、僅かに遅れて風の威力が増す。
気体の服に包まれている首から下とは違い、まともに風を受ける髪の毛が一気に踊り始めた。
視線を下に下げてみると、巨大な送風機が回転数を徐々に上げているのが、その翼の回転で見て取れる。
顔を下に向けたせいで顔全体に風圧を受けているが、人形の体のせいか、息苦しいとか、目が痛いといったことはなく、平然と観測を続けられた。
が、更に送風機の回転速度が上がったところで、ぐぐっと頭が押され顔を上に上げさせようとする圧力がかかり始める。
足が吸着する気体で支えられ、体も期待の服に包まれているお陰か、顔を上げた方が下からの風圧を直接受けなる妙な現象が起こっていた。
現状、風圧をまともに受けているのは首から上だけで、髪の毛こそ暴れ回っているものの、台風の時と違って、水を浴びることもないので、こちらの方が体感的には楽かもしれない。
そんなことを思いながら、正面を見ると表示されている数字を確認すると『1』のままだった。
『凛花さん、体を動かすことは出来るかな?』
風圧の影響か、月子先生の声は下から上に流れていく様な不思議な聞こえ方で耳に届いた。
とりあえず、返事をして声が届くかはわからなかったものの、聞こえないならそれはそれで実験の結果になると考えて、まずは普通の音量で応えてみる。
「少し腕を動かしてみます」
そう答えると、すぐに『了解した』という月子先生からの返事がきた。
最悪、こちらの声が聞こえないかもと思っていただけに、間を置かない反応に驚きを感じる。
が、こちらの言葉は届いているのは間違いないので、後で確認すれば良いかと考えて、腕を動かすことにした。
まずは右腕だけを上へ動かす。
腕は普通に上を上げるのと変わらず、上げるのに抵抗を感じることは無いものの、腕が動くことで顔に当たる風の向きが少し変わるのか、髪のなびき方に変化が出た。
変化は本当にその程度で、苦労なく、一端上げた腕を降ろすのにも成功する。
すると、元の姿勢に戻ったのを確認したのであろう月子先生から『無理はしなくて良いが、片足を上げることは出来るかな?』という課題が提示された。
私は「試してみます」と返した後で、まずは足に力を入れてみる。
腕と同じように上向きに上がる様に足に力を込めるが、足が動くことは無かった。
どのように力を入れても、足が反応しないというよりは、強力に足を縫い付けられていて、足に力を込めても引き上げられないといった印象で足が動かない。
それを確認した上で、私は右足だけ、吸着の効果が切れる様に頭で念じると、急激に変化が起こった。
右足が急に浮遊感を得て、ふわりと浮き上がる。
左足は固定されているせいで右足だけが持ち上がり体が大きく左に傾いた。
とはいえ、気体の服のお陰か、髪の毛の暴れ具合に比べて、体に掛かる負荷は少し弱い様で、右足に力を込めれば、どうにか金網まで足を降ろすことは出来る。
気を抜くとまた足が持ち上がりそうになるので、足を付けた状態で吸着が働く様に意識をすると、右足に生まれた浮遊感は一瞬で消え去った。
「多少力は要りますが、吸着を解除しても、足を動かして戻すことは出来ますね」
体感したばかりの感覚をそのまま報告した私は、そのまま思い付いたことを試すために、ゆっくり腰を落とした。
立っている時よりも風を受ける面積が大きくなっているからか、浮き上がる……というよりは立たせようとする様に力がかかってくる。
ただ、まったく動けなくなったり、押し戻されたりと言うことは無く、私は領掌を金網の上に置くことに成功した。
私が両手を突いたことで、異変が起きた可能性を考えたのであろう月子先生が、少し慌てた様子で『どうした? 風を止めた方が良いかい?』と声を掛けてくる。
「大丈夫です。実験の一環です」
そう返すと月子先生は少し間を置いてから『説明して貰えるかな?』と返してきた。
少し苛立ちを感じる声に、私は心配を掛けたことを察し、申し訳なく思いながら説明をする。
「掌を吸着させることが出来るか試してみようかと思います!」
私の返答に、またも少しの間を挟んでから月子先生のどこか不服そうに聞こえる『了解した』という声が返ってきた。
まず手を突いた状態で、掌と金網が吸着するイメージを描いた。
足と手を金網に付けているので、お腹に当たり体の側面を抜けていく風の感触が強まる。
だが、吸着には成功したらしく、直前まで押し返され浮き上がりそうになっていた掌は、金網に触れた状態で固定された様に動かなくなった。
両掌、両足で固定されている状態なので蛙の様な格好になってしまっている。
この体勢ではまったく動くことが出来ず、実験も進められないので、予定通り右足の先の吸着を解除した。
浮き上がる足裏を後ろにスライドさせて、膝を金網に付けて、右膝と金網の間に吸着を生み出すイメージを浮かべる。
すると、私の想像通りに、膝と金網の間にも吸着を生み出すことに成功した。




