弐之拾玖 花子の部屋
「あ、あの、話し方は、敬語じゃ無くても、大丈夫……です!」
何故か右手を結花さん、左手を舞花さんと繋ぐことになった私は、返事するタイミングを失っていた答えを、辿々しくなりつつも舞花さんにどうにか伝えた。
ただ、余りに唐突だったせいで、舞花さんを一瞬キョトンとさせてしまったけど「うん」と嬉しそうに頷いて貰えて、私はホッとして息を漏らす。
「リンちゃん、ホントまじめだよね」
どっか呆れたような口調で結花さんにそう言われてしまった私は、曖昧に苦笑するしか無かった。
「しーちゃん、そっくりだね」
「あっ! そーか、しーちゃんも五年生だね。リンちゃんとお揃いだ」
舞花さんの言葉に、結花さんは大きく頷く。
私は多分志緒さんのことだなと思いながら「しーちゃん」と口にしてみると、何故か舞花さんに謝られてしまった。
「ごめんね、リンちゃん」
驚いた私は戸惑いで「え?」と声を漏らす。
すると、舞花さんは「しーちゃんていうのは、この学校にいる志緒ちゃんのことでね。舞花とお姉ちゃんより一つお姉さんなの」と慌てた様子で口早に説明した。
その後に、結花さんが不安そうな顔で「知らない子の話……嫌じゃ無かった?」と訪ねてくれたので、私の中でようやく舞花さんの行動の繋がる。
「大丈夫……え、と、生徒は五人いるって知ってるから……その子かなと思って」
私の返事に舞花さんははっきりとわかる安堵の溜め息を漏らした。
「そんなに、心配しなくても、嫌じゃ無いから、大丈夫」
フォローのつもりでそう言うと、舞花さんは「良かった、リンちゃん優しい」と私の腕に腕を絡めてくる。
「ふぇっ!?」
急な密着に驚いてしまったのだけど、そこに追い打ちが掛かった。
「舞花、ずるいよ」
そう言いながら結花さんも、舞花さんと同じように腕を絡めてくる。
「あ、あの……」
私が戸惑いながらもそう声を発すると、舞花さんがすぐに「歩きづらい?」と質問してきた。
別に歩くのには支障は無いので「歩くのは、平気、です」と返すと、今度は結花さんが「じゃあ行きましょう」と腕を絡ませたまま歩き出す。
「え、このままですか!?」
手を繋ぐより密着しているので、二人が歩きにくくないだろうかと思って尋ねたが、双子はまた声を揃えた。
「「このままで!」」
花子さんの部屋は、京一の部屋と同じ間取りだった。
場所は一階に位置していて、炊事場や洗濯室が近いのは、花子さんが寮母さんの仕事を担っているからだろう。
「結花さんと舞花さんは、凛花さんを鏡台まで案内してあげてくださいね」
「はーい」
「りょーかーい」
舞花さん、結花さんの順で返事をしたところで、私はとりあえず「お邪魔します」と花子さんに告げた。
すると、結花さんと舞花さんは顔を向き合わせ、しまったという顔をしてから、私に倣って「「お邪魔しまーす」」と声を揃える。
マネをされるのは少しくすぐったかったけど、少しは先生っぽいことが出来たかなと思っていると、結花さんが一歩前に出た。
部屋は廊下より一段高くなっていて、寮内と校舎内兼用の室内履きのバレーシューズを脱いで上がる。
結花さんは真っ先に靴を脱ごうとしているんだけど、立ったまま、片足ずつ膝上まで持ち上げたので、自然と前傾姿勢になり、今着ている私服の短いスカートから中が見えてしまいそうになった。
「ゆ、結花さん、スカート、気をつけないと!」
思わず声に出してしまった私だったけど、結花さんはけろっとした顔で「あー、今日スカートだった」とチョロリと舌を出す。
でも、その後も変わらぬ動きで反対の靴を脱ごうとしてスカートをひらひらと揺らしていた。
私はそれ以上言うのは諦めて視線を逸らす。
すると、そこで舞花さんと視線がぶつかった。
「お姉ちゃんは、がさつだから」
平然と言い放つ舞花さんに驚いていると、靴を脱いで部屋に上がった結花さんが間を置かずに文句を口にする。
「がさつじゃ無いわよ!」
「ソウデスネーガサツジャナイデスネー」
舞花さんはまったく感情がこもっていると思えない棒読みで返すと、自分も靴を脱ぎだした。
やや前屈みになって、結花さんと同じくらいの短い丈のスカートを片手で押さえつつ、もう片方の手で靴を脱ぐ姿は、とても自然に見える。
あっという間に、靴を脱ぎ終えて、部屋に上がると、脱いだ靴を揃えて、段差の縁に置いた。
さらに、散らばっていた結花さんの靴も揃えて並べる。
あまりの手際の良さに感心していると、その舞花さんから声が掛かった。
「リンちゃんも上がって、上がって」
言われて、部屋に上がろうとしたところで、私も靴を脱がないといけないことに思い当たる。
ワンピースの時に履いていたスリッパだったら、何も考えずに部屋に上がれたのにと後悔した。
とはいえ、大人用スリッパは、今の体には大きすぎて廊下を歩くのは危ないと言われたり、制服と一緒にピッタリサイズのバレーシューズを用意して貰ったら、断る訳にもいかない。
今更過去には遡れないので、靴を脱ぐしか無いのだ。
そう心を決めて早速靴を脱ぐのだけど、スカートで、となると、意外に難しいのではと思えてくる。
スカートの丈は二人より長いので、めくれたり中が見えたりはしないだろうけど、結花さんや舞花さんのように立ったまま脱げる自信が無かった。
慣れれば簡単にできるだろうけど、バランス感覚を完璧に掴んでいる確信が今はまるで無い。
なので、二人のように立って脱がずに大人しく、座って脱ぐことに決めた。
既に部屋に上がっている二人に背を向けて、段差の上に座ろうとしたところで、ニコニコこちらを見ている花子さんと目が合う。
すると花子さんは笑みを浮かべたまま、右手を頬に振れ、左手を右腕の肘に当てた。
それを目にした私は、手を後ろに回してスカートを抑えるようにお尻から膝裏ニ手を動かして、裾を抑えるようにして、段差の上に腰を下ろす。
事前に決めておいたジェスチャーでの指示を出してくれた花子さんに感謝しながら私は膝をくっつけた状態でお尻側に脚をずらして片足ずつ靴を脱いだ。
脱いだ後で靴を舞花さんのように並べて段差の縁に置いてから、体を半回転させて膝立ちになる。
膝でスカートの裾を踏まないように裁いてから、私はゆっくりと立ち上がると、舞花さんが「スゴイ綺麗な動き」と感想を口にした。
私は褒められたくすぐったさと、無事に靴を脱げた達成感で、嬉しくなって頬を緩める。
「えへへ」
つい漏らしてしまった声が子供っぽくて、少し恥ずかしかった。




