拾弐之肆拾玖 実験再始動
「だめです!」
思わず口走った言葉に、月子先生がわかりやすく肩を落とした。
「ダメなのかい?」
そう言いながら捨てられた子いぬがしそうな悲しげな上目遣いを私に向けてくる。
「いや、だって、嫌ですよ、あんなこと言われたら!」
つい返す言葉が強く大きくなってしまうが、ほぼ全部月子先生が原因だと思うので、罪悪感は一切無かった。
月子先生は「だが、確認は必要だしね」と口にした後で、視線を東雲先輩に向ける。
「では、雅人くん」
名前を呼ばれた東雲先輩が返事をする前に、月子先生の行動を先読みした私は「良いです、触ってくれて良いです!」と割って入った。
別に東雲先輩に『ウーノ』を触って欲しくないわけでは無く、むしろ、私が変に抵抗したせいで、仕事を押し付けるのが申し訳なかったのである。
断じて他意は無いのだけど、月子先生がなんだかニヤニヤしているのが非常に腹立たしかった。
とはいえ、月子先生は「それでは許可も出た様なので、失礼して」と手を伸ばしたので、敢えてここから蒸し返すことは無いなと判断した私は、その行動を監視……見守ることにする。
まずは右手の人差し指を伸ばして、月子先生は『ウーノ』の腕に触れた。
「ほう……感触としては固めのゼリーか何かに触れている様に感じるね」
月子先生はそう呟いた後で、大きく溜め息を吐き出す。
急な溜め息に「どうしたんですか?」と思わず尋ねてしまった私に、月子先生は苦笑いを見せた。
「いや、こんなことになるなら、事前に期待の服を纏っていない状態で触れてみれば良かったと思ってね」
私は月子先生の言葉に、どこか懐かしさを感じながら「確かに感触の比較が出来ませんね」と私は頷く。
月子先生は、視線を那美ちゃんに向け「ちなみにだが、期待の服を脱がすことは出来るかな?」と質問をぶつけた。
那美ちゃんは首を左右に振って「わからないですぅ」と答える。
「アップデートする時に、脱ぎ着するイメージはしてなかったってことですね?」
「そぉ~」
私の言葉に那美ちゃんはコクコクと頷いた。
那美ちゃんの頷きを見て「ふむ」と声を漏らした月子先生に、私は頭に浮かんだ可能性を伝えてみる。
「空気の服なので……もしかしたら脱げるかも知れません」
こういう仕組みだからと説明できるような確たる根拠があるわけじゃ無いけれど、私の中にはなんとなく出来そうな感触があった。
具現化の能力については研究段階であるので、わかっていないことも多い。
ただ、能力に由来しているかどうかまではわからないものの、私の感じているものは正しい確率が高いので『脱げるかもしれない』と感じられたので、出来る可能性が高いのだ。
私の言葉に「ふむ」と口にして少し考える素振りを見せた月子先生は、しばらくしてからニッと笑みを浮かべる。
そして私に視線を向けて、予想通りの言葉を口にした。
「となれば、試してみるしかないね」
校庭の端に移動させてしまったため、体験施設と校舎にはかなりの距離が出来てしまった。
ヘッドギアを付ける都合上、校舎の中で付けた方が良いだろうと言うことと、遠距離のリンクを確かめるということで、校舎の中と校庭の二カ所に分かれて実験に入る。
校舎内に戻るのは、私と那美ちゃんの二人で、安全を期して、保健室のベッドに寝てヘッドギアを装着することになった。
一方、施設に残るのは東雲先輩と月子先生の二人である。
体験施設の『横には、当初自分一人で残ると東雲先輩が言ってくれたのだが、結界の端であり、緊急事態に対処するには二人以上が望ましいということで、月子先生も残ることになった。
先ほどまでと違って、校舎とそのすぐ外という声の届く距離では無くなってしまったので、それぞれの場所で那美ちゃんと月子先生がタブレットを使って連絡をし合う。
東雲先輩は『ウーノ』の移動のサポートや自分の目を使った状況の記録を担当して、私は『ウーノ』にリンクして動かすという形で、それぞれが配置についた。
保健室のベッドに腰掛けた私はヘルメットを手に「それじゃあ、始めますね」と告げると、横に付いてくれている那美ちゃんが「はぁい」と頷いてくれた。
私は一度頷いてから、ヘルメットを装着する。
これまでは体勢を同じにした方が良いということで椅子に座っていたけど、今回は東雲先輩が寝た状態で『ウーノ』を寝かせた状態にしてくれているので、ベッドに横になってからスイッチを入れた。
体を起こした『私』を見て、東雲先輩が「凛花、リンクしたんだな」と聞いてきた。
「おー、保健室からここまでなら問題なく、リンク出来る様だね」
東雲先輩の横から顔を出した月子先生が嬉しそうにこちらを見る。
「距離……電波とはちょっと仕組みが違うのかも知れませんね」
距離が離れていても感覚的にはこれまでと変わらないので、私なりの結論を口にした。
が、そんな私の意見よりも月子先生が着目したのは別の点である。
「この小さい体で、普通に聞こえる程の音量で話すことが出来るのか!」
興奮気味に言う月子先生は、子供の様に目を輝かせていた。




