拾弐之参拾玖 進行
先ほどの行程をなぞるようにエネルギーを集中し、裁ちばさみに送り込むと、ふわりと宙に浮き形状が変化し始めた。
目を瞑る私に見えるそれは、もちろんイメージであって、現実の光景では無い。
可能性として数秒かそれよりももっと短い時間かもしれないが、私のイメージの方が現実よりも先行している可能性があるので、今回はその検証も兼ねることにした。
私が目を閉じたタイミングを起点に、実際の映像は目を閉じた瞬間、イメージの方は視界が黒くなった瞬間からの経過時間でズレを測定する。
ちなみに録画のメインは、東雲先輩から那美ちゃんに、視界の撮影の方は花ちゃんが雪子学校長に怒られている影響で月子先生に代わっているのだが、連携に問題はなさそうだ。
安心して集中を続けると、イメージの中の裁ちばさみはhg怒りに包まれ、エネルギー体に変化を終える。
恐らく私の手の間に浮き上がった対ばさみはその姿を消しているだろう。
「東雲先輩、お願いします」
準備が整ったことを東雲先輩に告げると共に、出番が訪れたことを伝えた。
「肩に触れるぞ」
耳のすぐそばで東雲先輩の声が聞こえたせいで、体が小さく震える。
声が上擦らないように気をつけながら「はい」と返した。
声は震えなかったものの、少し小さくなってしまった気がするので、聞こえているかどうか不安になる。
ただ、それが杞憂だとわかったのは、スッと静かにでもしっかりと肩に手が置かれた感触がしたからだ。
安心したのも束の間、肩に東雲先輩の手が乗っていると思うと、馬鹿な行動はとれないという緊張で筋肉が突っ張るのがわかる。
その感触が伝わってしまったのか、東雲先輩に「大丈夫か?」と質問されてしまった。
私はそんな問い掛けに焦ったせいか、少し早くなった心臓に静まれと命令を出しながら、平然を装って「イメージを送ってみてください」とだけ伝える。
東雲先輩は「頭で加えたい機能を思い浮かべればいいんだったな?」と確認してきたので、私は頷きと共に「はい」と答えた。
「あっ」
思わず出してしまった声に、東雲先輩が「大丈夫か?」と即座に質問をしてきた。
私は「イメージが流れてきたみたいで、エネルギーが動き出したので反応してしまって……」と声が出た理由を伝える。
「じゃあ、続けて大丈夫なのか?」
私が「はい」と頷くと、エネルギーの流れに力強さが増した。
そのことから東雲先輩がイメージを送り続けてくれているのだと感じ取った私は、エネルギーの暴走が起きないように流れを誘導するイメージを頭に描いて意識を集中する。
時間の経過と共に、頭に浮かんでいたイメージに変化が起き始めた。
といっても外見が代わるわけでは無く、包まれていた光が徐々に散って、物質化しているように見える。
この時点で、東雲先輩のイメージなら、アップデートは無事出来そうだなと、安堵しながらも、最後まで気を抜かないようにと意識を引き締め直した。
ゴトッと少し重さを感じる音を立てて、新たにアップデートされた裁ちばさみが机の上に着地たのであろう音が聞こえた。
目を閉じて私が見るイメージの中では既に光が霧散して元の金属の光沢を纏った姿になっており、少し前に下におりるように指示を出したのだけど、指示から着地までに少し時間があった気がするので、それが実際とイメージとのズレの時間なんだろうと思う。
それは後々検証するとして、イメージの中では裁ちばさみからも、私自身の体からもエネルギーの光は失われているので、作業は終わったのだと判断し、私はゆっくりと目を開けた。
目を開けた先には、閉じた時と同じように机の真ん中に裁ちばさみが鎮座している。
多少動いているような気がするような、それ自体が単なる思い込みのような、小さな違和感はあったが、おおよそ目を閉じる前と光景は代わっていないようだ。
軽く振り返って東雲先輩に「終わりました」と告げると、私の肩から手が離れていく。
遠ざかる手の温かさに少し名残惜しいものを感じたが、それを口にするのはなんだか恥ずかしい気がしたので、思いっきり気持ちを切り替えて「早速試し切りをしますか?」と尋ねてみた。
「それじゃあ、試してみるぞ」
刃先を開いた裁ちばさみの間にエアバッグを挟んだ状態で、東雲先輩は私と那美ちゃんに向かってそう宣言した。
既に失敗しているので、東雲先輩が少し緊張しているのがわかる。
でも、そこを指摘しても仕方が無いし、プレッシャーになってはいけないので、短く「お願いします」とだけ伝えた。
那美ちゃんは「バッチリ録画するわぁ」と口にしつつ、パソコンを操作する姿を見せる。
東雲先輩はそんな私たちを見て頷くと、ふぅっと長めに息を吐き出して裁ちばさみの柄に力を込め始めた。
結果が気になるのであろう那美ちゃんが、パソコンから手を離し少し前のめりになって東雲先輩の手元を見詰める。
私が東雲先輩の手にした裁ちばさみに視線を向けてみると、少し間を置いた後で、その刃先がほんの少しだけ距離を近づけたようにみえた。




