拾弐之弐拾陸 能力
「凛花ちゃん、ちょっと良いかしら」
早めに『ノーラ』のチェックを終えて、座っていた私に花ちゃんが声を掛けてきた。
「どうしたの、花ちゃん?」
私が聞き返すと、花ちゃんは「エアバッグの強度を確認するのに、切断する許可が欲しいんだけど」と言う。
サンプルを得るために、素材の切り取りをしたいのだと察して、私は「構わないですよ」と答えた。
「ありがとう。それじゃ早速」
花ちゃんはそう言いながら、どこに持っていたのか、切っ先から柄までが金属で出来たナイフを取り出す。
鈍く光る銀の金属光沢に、思わず「うぇっ!?」と間抜けな声が出てしまった。
「あら、凛花ちゃん、吃驚させちゃいました?」
花ちゃんが口元に手を当てて、おほほと上品に笑うけど、逆の手にした物騒なナイフの印象がそれで薄れるわけでは無い。
むしろ上品で温和な演技に、危険な刃物の組み合わせは、ホラー染みた不穏さを漂わせていた。
「心配しなくても大丈夫! 流石にこれはお仕置きには使わないからねっ!」
花ちゃんは明るい声で言っているけど、不安が解消されるどころか、逆に何をおしおきに使うのかという疑問を想起させる。
「花ちゃん~リンちゃんが怯えるからぁ、その不気味な笑顔はダメよぉ」
那美ちゃんのセリフに、花ちゃんは吃驚した顔で「えっ!? 不気味ですか?」と返した。
「想像してぇ~片手に刃物を握っているのに、笑顔を浮かべた自分より背の高い大人のお姉さんが目の前に立っているのよぉ」
想像を促す那美ちゃんのセリフは、端的に私から見た花ちゃんそのままだけども、そんなことを言っても良いのか共思う。
どんな反応をするのだろうと、花ちゃんからの返しを待っていると、その時は急に訪れた。
那美ちゃんの方を見て固まっていた花ちゃんは急に動き出して、刃物を手にしたままで私へと振り返って、至近距離まで踏み込んでくる。
流石に刺されるとは思わなくとも、勢いが怖かった。
反射的に体が緊張で硬直し、目を丸くした私に、花ちゃんは刃物を手にしたまま両手を合わせて「驚かせてごめんね!」と頭を下げる。
謝罪してくれているし、そもそも花ちゃんには悪気が無いのはわかっていても、頭を下げるのに合わせて視界の中で上下する刃物についつい目がいってしまった。
「花ちゃん、そのナイフの持ち方はアウトよ」
那美ちゃんの花ちゃんに対するツッコミは、いつもののんびりしたく口調では無い。
至近距離で刃先がこっちに向いた状態でお辞儀されている私としては、那美ちゃんに拍手を贈りたい気分だ。
一方、花ちゃんは「あっ」と口にして手を下ろす。
目を離さなかったはずなのに、もう一度顔の前に花ちゃんの両手が戻ってきた時には、銀に鈍く光っていたナイフはその姿を消してしまっていた。
どんな手段で消したんだろうと、そちらに意識が向いた私に、花ちゃんは改めて「危ないと思わせちゃったでしょう? ごめんなさい」と謝罪しながら頭を下げる。
「い、え、気にしないでください」
意識がナイフの方に向いていたのもあって、少しぎこちない返事になってしまった。
「刃物の出し入れですか?」
「なんか、手品のように消えたので」
私がそう答えると、花ちゃんは「ふむ」と言いながら右手を振った。
すると、先ほどの刃物がどこからともなく出現しながら、一回転して花ちゃんの手に収まる、
「おおっ」
思わず声が出てしまった事に気が付いて、私は慌てて口に手を重ねた。
花ちゃんはそんな私を見ながら「あら、好感触ですね」と笑う。
少し恥ずかしかったけど、刃物の件を気にしすぎて、花ちゃんの表情が浮かないものになってしまったら嫌なので、ちょっぴりホッと出来た。
「こんなので良ければいくらでもお見せ出来ますよ」
花ちゃんはそう言うと、今度は左手を振って、同じように一回転させてからはものをその手に収める。
「す、すごい!」
思わず口にした言葉はとても単純だったが、それほど私は心を奪われていたらしかった。
「リンちゃんは忘れてるみたいだけどぉ、花ちゃんって忍者だからぁ」
那美ちゃんにそう言われて、私は『なるほど』と大きく手を叩く。
「そう言えば花ちゃんは忍者だった」
私の発言に、花ちゃんは「まあ、そうですね」と少し気恥ずかしそうに答えた。
他の皆は神世界には『球魂』で入り込んでいるのに対して、花ちゃんは生身で挑んでいる。
つまり、向こうで忍者として活躍している体で、こちらでも生活をしているので、向こうと同じように忍者のような振る舞いや術が使えるんだろうと理解した。
実際、私はこの体で、分身や狐火など、様々な術を使えている。
子供と大人の違いの表れなんだろうなと思うと共に、日常で忍術が使えるというのは、とっても夢があるなと思ってしまった。
壁を登ったり、水の上を歩いたり、手裏剣や短刀を投げたり……と、妄想をしていたところで、手元から投げる担当を取り出すシーンを時代劇で見た記憶が蘇って、私は『ポン』と手を叩く。
「え? なに? どうしたの?」
私の突然の行動に、首を傾げた花ちゃんに、私は恥ずかしさで忍者についての妄想していたとは言えなかった。




