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放課後カミカクシ  作者: 雨音静香
第弐章 変化変容
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弐之拾陸 手を繋いで

「それじゃあ、一旦私の部屋に行ってきますね」

「わかった。頼んだぞ、花子」

「任せてください。お姉ちゃん」

 花子さんと雪子学校長の会話が終わるのを待っていると、私の前に手が差し出された。

「え?」

 思わず驚きの声を漏らして、手を差し出した花子さんを見る。

「迷子にはなら無いと思いますが、手を繋いでいきましょう」

「手を、繋いでですか?」

 余り誰かと手を繋ぐ経験が無い私は戸惑ってしまった。

 そんな私に向かって、花子さんは「女の子はスキンシップを取ることが多いですから、慣れておきましょう」と微笑む。

 僕はその言葉に、なるほどという気持ちで、手を伸ばした。

 実際に、女子がじゃれ合って抱き付いたり触れ合ったり手を繋いだり腕を組んだりしているのを見たことがあるし、男子とは違う感覚なんだろう。

 恥ずかしさとか抵抗を感じなくは無いけど、花子さんが伸ばした手を握った瞬間、安心感がそれらを塗りつぶしていった。

 人の温もりを感じることがこんなに安心するモノなのかと驚くと同時に、これも男女の感覚の違いなのかも知れないなと思いつつ、花子さんの手を握り返す。

 すると花子さんは一度大きく瞬きをした後で微笑みかけてくれた。

 嬉しい。

 思わず花子さんの顔を見続けられなくなって、視線を下げてしまったが、嫌じゃ無いと伝える為に繋いだ手に少し力を込めた。

 すると花子さんは「ふふふ、少し体に馴染んできたみたいですね」と評してくれる。

 今の体から発せられる嬉しいという気持ちと、前の成人から来る恥ずかしさが、私の中で入り交じって混乱が巻き起こった。

 そんな中で、花子さんが「それじゃあ、行きましょう」と手を引いてくれる。

 迷い道で立ちすくんでいたのを助け出されるような安心感をそんな花子さんに手に感じながら、私は廊下へと歩み出た。


「花ちゃん!」

「花子さん」

 弾むような明るい声と、落ち着いた控えめの声が、廊下に響いた。

 私は声の主が誰かを考えるよりも先に、反射的に花子さんの後ろに隠れてしまう。

 さらに気が付いた時にはピッタリと花子さんに体を密着させて、繋いだ手にも余計な力が籠もってしまっていた。

 その事に気が付いて、花子さんはいたくなかったかなと心配になったのに、手に込めた力を緩めることは出来ない。

 自分の体をまた上手く制御出来ていないことに戸惑っていると、次なる声が廊下に響いた。

「あれ、花ちゃん、その子、誰?」

「……しーちゃんでも、なっちゃんでも無い」

「じゃあ、新しい子だ!」

 廊下にいるのは二人、多分会話の内容から結花さんと舞花さんだと思う。

 頭の中に『どうしよう?』という言葉があふれ出した。

 こう言う場合は、何が正解なんだろうと考えれば考える程、体が震えだして、自分の中で呼吸の音が大きくなっていく。

 目に移る光景は、ぐんぐんと小さくなって、空いた隙間が黒一色に塗りつぶされていった。

 直後、花子さんが繋いでいた手をキュッキュッと握る。

 その感触に反射で顔を上げると、こちらを心配そうに見る花子さんの顔と視線が合った。

 気が付けば、先ほどまで遠くに感じていた景色が目の前に戻り、呼吸も震えも消えている。

「大丈夫ですか?」

 結花さんと舞花さんに聞こえないだろう小さな声で尋ねられた私は、花子さんに頷いて、二人の前に姿を見せる為に踏み出した。

「可愛いです! お姫様みたいです!」

 私が姿を見せた直後、そう言って私の体は抱き付いてきた子……多分結花さんの腕の中に収まる。

「ちょっと、マイ! ユイも抱っこしたい!!」

 私は耳に届いた声に驚いてしまった。

 抱き付くような行動を起こすのは姉の結花さんの方だと思っていたので、こんなに情熱的なハグをしてきたのがあの大人しい舞花さんらしいという事実に言葉も無く、私はその場で固まってしまう。

「ねぇ、お名前、お名前は?」

 ガバッと体を急に引き離された僕の耳に、舞花さんの好奇心が目一杯詰まった弾む声が響いた。

「え、あ、その……」

 だが、まるでこの状況を予測出来ていなかった僕の思考はまるで回っていない。

 林田京一とは答えられないという意識だけでどうにか踏み止まっていたせいで、どう返せば良いのかということにまでたどり着けなかった。

 にも拘わらず、興奮気味の舞花さんは「ねぇねぇ、教えて!」と僕の体を大きく揺する。

「ちょっと、舞花、困ってるよ、その子!」

「ま、舞花さん落ち着いて」

 結花さんと花子さんが舞花さんを止めようとしてくれるが、僕の頭はぐらぐらと揺れ続け、状況は変わりそうに無かった。

 その状況に、名前を名乗れば解決するのだという短絡的な結論が導き出されて、僕は思わず頭に浮かんだ名前を口にする。

「り、リンダ!」

 口に出したことで、舞花さんの揺すぶりが止まり、僕の……私の思考が回り出した。

 そして、名乗ったのが、よりによって子供時代凄く嫌だと思っていたあだ名だったことに、全身が一気に冷える。

 林田を音読みした『リンダ』は、女性の名前で、この名前で呼ばれて女子扱いされて馬鹿にされたことが何度かあって、当時の私はそれが嫌だった。

 無意識とはいえ、ひねり出した名前が嫌っていた名前だったことに、溜め息しか無い。

 そして、名乗ってしまった以上、この姿の名前が『リンダ』になってしまうのかと思うと憂鬱しか無かった。

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