拾弐之拾玖 気体の底力
幾度かの中断を挟んで、私はついに台風の体験に挑むこととなった。
那美ちゃん考案の空気というか、気体のお陰か、コンクリートの床も、体験用のステージや階段の床の金網も、特に冷たかったり、歩きにくいということは無い。
人形の体なので、そもそも暑さ寒さや痛みには鈍感な可能性はあるけれど、那美ちゃん考案の気体のお陰では無いかと、私は考えていた。
足裏と床の間に存在している期待が、不要な熱の伝達……冷たさを防いだり、足裏に金網が食い込まないように支えてくれているんじゃ無いかと思う。
さっき長靴で踏んだ時に比べて、金網が食い込んできている感覚はあるものの、何かが足と金網の間にある感覚があるのだ。
底から考えると、僅かに体が那美ちゃん考案の期待で浮いているんじゃ無いかと思う。
私はその事を記録して貰うために、自分自身の体を使って、東雲先輩に期待の分浮いているのではということを伝えて記録して貰った。
改めて体験用のステージに戻ってきた私は、安全ベルトを腰に巻いた。
特段寒さを感じていなかったせいで忘れていたが、自分が水着しか着ていないことを、ベルトを巻く段階で思い出す。
普通、台風体験で水着なんて馬鹿な格好で挑む人はいないので、水着の腰に巻かれたベルトにもの凄く違和感があった。
とはいえ、着ているのは女子用のワンピースの水着なので、男子用の海水パンツよりはマシかもしれない。
お腹当たりは普通に肌に直接巻くことになるんじゃ無いだろうかと思うと、未だベルトの下に水着部分があるだけマシかもしれないとおもった。
が、そこで自分の思考がおかしな方向に向かっていることに気付く。
そもそも水着である必要は無いのでは無いかと、今更ながらに思ったのだ。
まあ、もうベルトと手すりの金具もとめてしまっていたので『水着おかしいよね』という主張をしてみたけど、那美ちゃんに「可愛いよぉ」の一言で押し切られてしまう。
一縷の望みを掛けて見た東雲先輩には、視線を外されてしまったので、このまま進めるしかなさそうだ。
それに、ベルトを着けるまで、この格好で進めるつもりだったのだから、今更わがままを言い出して、またアップデートをするのは迷惑でしかない。
私はそう考えて自分を納得させると、両手でしっかりと手すりを握りしめた。
「準備、完了です」
自分の口を使って、二人にそう告げると、那美ちゃんから「ちょっとぉ待ってぇ」とストップがかかった。
思わず私は「どうしました?」と返す。
「背中のぉ、エアバックはぁ、ベルトを着ける邪魔にならなかったぁ?」
那美ちゃんの質問で私はそういえばと、そこで背中のエアバックの存在を思い出した。
つまり、那美ちゃんに尋ねられるまで存在を忘れていたという事である。
私はその事実に驚愕しながらも「邪魔どころか……存在を忘れてました」と口にした。
肩紐が無いし、背中には少し浮き上がって張り付いているので、存在を感じなかったというのはあると思う。
だとしても、ベルトは一応腰の一番細いところに巻いたし、エアバック自体はお尻に届く長さがあった筈だ。
バルトは、一応お尻に当ててから、お尻に沿って上に引っ張り上げて腰に巻いたとはいえ、まったくエアバックに触れなかったのはおかしい。
そう思って『ウーノ』の手を操って、ベルトに沿って背中に動かすと、すぐにエアバックに手の甲が触れた。
手が触れた以上背負っていなかったということは無いのだけど、ベルトに沿って動かしてきた手の甲に触れたと言うことは後から巻いたはずのベルトがエアバックの下に入り込んでいるということになる。
そんなことが物理的にあり得るだろうか問い疑問が頭に浮くと共に、なんだかとても気味の悪いものに遭遇したような、ソワッとした悪寒が走った。
理解の出来ない事に混乱し始めた私に、那美ちゃんの声が届く。
「実はぁ、エアバックにはぁ、着替える時にぃ、邪魔にならないようにぃ、少し体から離れる機能が付けてあるのよぉ」
「へ?」
自分の耳にした言葉が正しいのか、私は「体から離れるんですか?」と、気付けば尋ねていた。
そんな私の疑問に対する答えは、東雲先輩から齎される。
「カメラ映像に記録されているんだが、ベルトを巻こうとした時、エアバックの後ろ側が少し浮き上がって、ベルトを巻くのに支障が無いようになっていたぞ」
「そ、そうなんですね」
多少呆然としながらも、カメラ映像に残っているなら、実際に起こったことなのだろうなと、現実感は無くとも『そうなのかー』と漠然と受け入れることは出来た。
そんな私に「気になるなら、先に見ておくか?」と東雲先輩が尋ねてきたので、私は自分の体の首を左右に振る。
「後でまとめて見せて貰います」
「そうか、わかった」
東雲先輩の返事を聞いてから「那美ちゃん、後確認して置いた方が良いことはある?」と尋ねてみた。
すぐに「大丈夫ぅ~」と言う返事が那美ちゃんから返ってくる。
その後で、那美ちゃんから「さあ、ずぶ濡れになりましょう!!」となんとも返事のし難い声を掛けられた。




