拾弐之拾参 遠隔で
那美ちゃんのサポートを受けて、体験施設内に入った私は、中の大きさに圧倒されていた。
映像としてみるのと、人形の体とはいえ、生身に近い感覚で見るのでは、感じる圧がまるで違う。
元の体で見た時点でもかなり威圧感のあるコンクリートの塊だけに、それよりもはるかに小さい人形サイズの体で見れば、高くそびえる巨大建築物に他ならず、思わず「こうしてみると、もの凄く大きい……」と呟いてしまった。
いつまでも見蕩れていても仕方ないし、そもそも東雲先輩と那美ちゃんを待たせているので、私は一度頭を振って気持ちを切り替えた。
照明や巨大送風機に、豪再現雨用の無数のスプリンクラー付きの金属パイプを観察しつつ、歩を進める。
観察の間、なんとなく空気に変化があったような気はしたものの、人形の体のせいか、匂いや温度の差は感じなかった。
これらを感じられるようにしないと、問題が起こるかも知れないなと考えつつ、後で議題にしようと心の中でメモをして、体験用のステージに向かう。
相変わらず無駄に大きい胸のせいで足下が見えないので、手すりにつかまりながら、一段ずつ慎重に階段を上がることにした。
入口から少し距離があるのもあって、那美ちゃんが手を突っ込んでも、フォローするのは難しそうだし、何より人形とはいえ『コリンちゃん』の体を傷つけたくないという思いもある。
身に付けている制服に合わせて、靴はストラップシューズだが、小学生用だからか靴底は薄めでゴムっぽいので、金網になっている階段でも滑ることは無かったのは幸いだった。
手すりに掴まりながら細長い頂点部に辿り着いた私は、改めて目の前に鎮座する大型送風機の巨大さに圧倒された。
こちらに向く無数のスプリンクラーや金属製の水道管は鈍い光沢を帯びていて、見ているだけでワクワクしてしまう。
すぐに体験が始まっても良いように、正面の手すりに備え付けられていた太いベルトを腰に巻き付けた。
体験動画内では、体重が軽いと浮き上がりかねないということで、極太のベルトで手すりと自分の体を繋ぐのは必須で、再現に当たって念入りに再現した設備でもある。
ベルトの先の巨大な金具を手すりに取り付けて、両足を肩幅に開いた私は、その状態で意識を本体に切り替えた。
「東雲先輩、準備完了です」
私がそう報告を入れると、東雲先輩は「映像でも『コリン』が安全ベルトを装着して、手すりを掴んだのを確認している」と教えてくれた。
「いつでも、始めてください」
東雲先輩にそう伝えてから、意識のメインを『コリンちゃん』に戻す。
ヘルメット越しの廊下の光景が、巨大送風機の光景へと切り替わった。
すると、恐らく体験施設内に設置されているのであろうスピーカーから東雲先輩の声が聞こえてくる。
『あーー、聞こえるか? 聞こえていたら右手を挙げてくれ』
私はすぐに右手を手すりから離して、東雲先輩に応えて手を振ってみた。
『これから実験を開始するが……その格好で良いのか?』
言われて、視線を落とした先には白いブラウスとスカートの吊り紐が見える。
「確かに、制服姿だと危ない……ですよね」
呟く程度の声だったせいか、東雲先輩からの反応は無かった。
こちらから声を届けるのは難しそうなので、元の体に意識を戻そうと思ったが、それよりも衣装を含めてアップデートした方が良いのでは無いかと考えを改める。
私はしっかりと手すりを掴み直して、意識のリンクが切れても倒れないように脚だけで無く腕にも体重がかかるように調整してから、意識を切り離した。
私が元の体に意識を戻して、ヘルメットを外すと、すぐに東雲先輩が「どうした?」と尋ねてきた。
「制服で実験するのは危ないと思ったので、アップデートで衣装を変えようかと思って」
机の上に脱いだばかりのヘルメットを置きながらそう告げると、東雲先輩は「確かに、制服だと危ないと思う」と同意してくれる。
そもそも、東雲先輩が心配して確認してくれたことなので、同意してくれるのは当たり前だとは思うが、正直嬉しかった。
「それで、どうする?」
東雲先輩の質問に対して、私は「ここから遠隔でアップデート出来るか試してみようかと思います」と伝える。
一応、東雲先輩のパソコン上に、手すりを掴んで立っている『コリンちゃん』の姿は見えているが、直接は見えていないので、この状態でアップデート出来るかはかなり挑戦的な試みだ。
「大丈夫か?」
「出来なそうなら、もう一度、リンクし直して、外に移動させてから、衣装を変えます」
「そうか」
私の言葉に頷いた東雲先輩は「それで、具体的にはどうする?」と聞いてくる。
「このまま椅子に座って、必要なエネルギーを集めてから送り込みます。それで衣装を変えられれば、遠隔でも遮蔽物があっても、アップデートが出来るって事になります」
東雲先輩は「そうなれば応用の範囲が増えるな」と同意してくれた。
それだけでも俄然やる気が出てくる。
「それじゃあ、挑戦してみます」
逸る気持ちに背中を押されて、そう宣言すると、私は早速必要なエネルギーを集めるために目を閉じて意識を集中させ始めた。




