拾弐之肆 具現化と巻き戻し
具現化直前の状態に戻った箱を退けた床には、その底面の形をスタンプしたような跡がついていた。
東雲先輩は底面のスタンプされた床の外側に足を付いて、内側の床に触れる。
様子を覗っていると、床に触れた後で東雲先輩が「ほんの少しだが、沈むな」と口にした。
目で見てわかるレベルではないので、直接押してみて多少下がるという程度なんだろうけど、とんでもないダメージを建物に与えるところだったことに、冷や汗が背中一杯に噴き出す。
「と、とりあえず、校庭に出現させてきます!!」
私はそう宣言して、教室を飛び出した。
箱型のエネルギーに、私の後を付いてくるイメージを載せたエネルギーを送り込む。
「待て、凛花!」
慌てた様子で、東雲先輩が私を呼び止めた。
既に廊下に飛び出した私は、振り返りながら東雲先輩の姿を見る。
「壁を抜けられるのか!?」
叫ぶような東雲先輩の言葉に、私は「あ」と間の抜けた声を発した。
が、それで私の後を付いてくるように指示を出したエネルギーの箱が止まるわけも無く、それなりの速度で壁にめり込む。
完全に手遅れの状況だったが、なんと具現化状態からその直前の状態に戻っていたお陰で、箱型のエネルギーの塊は壁を擦り抜けた。
「凛花……」
私の名前を呼んだ後、東雲先輩は黙り込んでしまった。
言いたいことはわかる……というよりは、目が強く訴えている。
これは完全に私がやらかしたので、素直に謝ることにした。
「すみません……テンパって早く外に出さなきゃってことで頭がいっぱいになっちゃいました」
私の謝罪に、東雲先輩はわかりやすく大きな溜め息を吐き出してから「とりあえず、外に移動をして、具現化してしまおう」と言ってくれる。
「その状態をいつまで保てるかわからないものねぇ~」
おっとりした口調で、那美ちゃんが半分壁にのめり込んだ箱状のエネルギー体を見た。
「そうだな、移動しよう……凛花、いけるか?」
那美ちゃんに同意した東雲先輩は、私に確認の言葉を掛けてくる。
私は動かせるのを確認してから「行けます」と答えてから、急に具現化しても大丈夫なように、廊下を素通りさせて外壁から外へとエネルギーの箱を移動させた。
校庭まで運ぶつもりだったが、いつ変化が起きるかわからないので、校舎横の通路にエネルギーの箱を着地させた。
具現化はさせず、物質化直前の状態を保って、一旦放置する。
その後、東雲先輩、那美ちゃん、そして私の三人は、靴に履き替えて、回り込んだ。
「どうやら、消えてもいないですし、具現化もしていませんね」
校舎を回り込んだところで見えた光る箱を目にした私は、東雲先輩と那美ちゃんに振り返りながらそう話しかける。
東雲先輩は「どうも、一時停止はしておけるようだな」と口にしながら頷いた。
続いて、那美ちゃんが「じゃ~、どのくらい~一時停止出来るか調べないとだねぇ」と言う。
那美ちゃんの意見は、想定もしていなかったことなので、私は「確かに」と頷いた。
すると、少し慌てた様子で東雲先輩が「待て待て」と制止を掛けてくる。
「東雲先輩?」
「確かめてみようという姿勢は良いと思うが、一時停止が凛花にどれくらい負担を掛けるかわからない以上、先に具現化させた方がいいと思うんだが」
真剣な顔で言う東雲先輩に、私は「なるほど」と頷いた。
対して、東雲先輩は「確か、具現化をすると、凛花との繋がりは切れるんだよな?」と続ける。
私は「そうですね。今まで具現化した機械類も、人形も、監置することは出来なくなりますね」と頷いた。
「それじゃあ、アレはどうだ?」
東雲先輩はそう言って目の前の箱型のエネルギーの塊を指さす。
「靴を履き替えるタイミングが一番距離が離れていたと思いますけど、その時でもなんとなく存在を感じ取ることは出来てました……移動や変化の指示を出すには相当のエネルギーが必要だなって感覚があるので遠隔での操作はできないと思いますが、気配を感じ取るだけなら、特に問題ないような気がします」
取扱説明書のような者があるわけでは無く、ほとんどが私の感覚によるモノなので、かなりあやふやではあるものの、恐らくそう大きくは間違っていないはずだ。
私が妙な自信を持って口にした言葉に頷いた東雲先輩は「つまり、具現化前の状態というのは、凛花とリンクし続けていると言うことだな?」と尋ねてくる。
確かに東雲先輩の謂う通りかもと思った私は「そんな気がします」と頷いた。
「なら、やはり一時リンクを切った方が良い、というわけで具現化してくれ」
東雲先輩にそう言われた私は、那美ちゃんに意見を求めるように視線を向けると、すぐに「私もぉ、具現化してしまった方が安全だと思うわぁ」という答えが返ってくる。
二人の意見が揃ったこと、そして、現状のリンクが続いている状態よりも、一旦具現化してリンクを切り離した方が問題が起きないだろうという考え方は納得しか無かった。
「確かに、リンクし続ける方が危険かも知れませんね」
「ああ」
東雲先輩が頷いたのを確認してから「それに、まずは施設を再現出来たかの検証をしないと他の検証に移れませんもんね」と続けると、那美ちゃんも大きく頷く。
「一個ずつ順番にやらないとねぇ」
那美ちゃんの意見に「そうですね」と答えた私は、まずは具現化をすることに決めた。




