弐之拾参 寮生活に向けて
「先ほど、測ったとおり、今の姿の身長は134.6センチですけど、女子児童の平均身長ですと、だいたい9歳から10歳くらいです」
「は……はい」
そんなに小さくなってしまったのかというショックがあって、僕は頷くのに手間取ってしまった。
「つまり、小学校四年生くらいですね」
「結花と舞花と同学年だな」
花子さんの言葉に続いて、雪子学校長から出てきた具体的な名前に、より一層自分が小さくなってしまったというショックが強まる。
「通常、寮生活になれるまで、もしくは四年生以下の子は、私かお姉ちゃんと部屋を一緒にする決まりがあるんです」
花子さんの言葉に僕は確認の意味を込めて、雪子学校長に視線を向けた。
「基本的に高学年、五年生からは一人部屋の使用を許可しているが、一人で部屋を使っているのは、男子の東雲くんだけだな」
「結花ちゃんと舞花ちゃんは姉妹で一部屋、那美ちゃんと志緒ちゃんも二人で一部屋を使っています」
花子さんが現状を補足してくれたところで、雪子学校長がニヤリと笑う。
正直嫌な予感しかしなかったけど、話を聞く前に逃げ出すわけにも行かないので諦めて言葉の続きを待った。
「さて、君は身長で言えば小学校四年生、しかも転校生……ここでの寮生活に慣れていないというわけだが……」
並べられた言葉をつなぎ合わせれば、僕に一人部屋は与えられない上に雪子学校長か花子さんの部屋で暮らせという結論になる。
当然その事を理解しているのであろう花子さんが、後ろから僕の肩に手を載せて、囁きかけてきた。
「私は大歓迎ですよ。女の子の基礎からきっちり教えて上げます!」
甘さの漂う声音で放たれた花子さんの言葉に、背中がゾクリと震える。
追い込まれたと痛感した僕の脳みそは、自分の想像よりも早く回転し、反射ではというようなもの凄い速度で弾き出した『手段』を雪子学校長に訴えた。
「ご、五年生にしてください! あと、寮生活、一人で寮生活します!」
身の危険から回避する為に導き出した考えに、花子さんが「え~~」と不満の声を上げる。
一方、雪子学校長は「まあ、平均身長はあくまで平均だからね。いいとも」といいながら、一本の鍵を取り出した。
「これは?」
「もちろん、学生寮の方の君の鍵だよ。代わりに林田先生の方の部屋の鍵は私が預かっておく。今の君が持っているのはおかしいからね」
「それもそうですね」
雪子学校長から鍵を受け取った後で、僕は花子さんが籠に入れておいてくれた元の、林田京一の服から鍵を取り出す。
「林田先生の部屋から、花子が入院中に必要なモノを持ち出して、荷造りするから、後で指示をしてくれ」
取りだした部屋の鍵を渡したタイミングで、雪子学校長にそう言われた僕は頷きつつ確認の言葉を口にした。
「それが、僕の部屋に配送されるって事ですね」
「私物の類いで必要なモノを言ってくれれば良いが、学生寮に入るのは小学校五年生の女の子だと言うことを忘れないように」
雪子学校長に念を押されて、僕は深く頷く。
「問題集のデータや生徒指導の資料なんかは、お願い出来ないって事ですね」
「ふむ。そちらは学校長室に移しておいて、そこで作業して貰うのがいいだろうね。一応、転校生には『ホウカゴ』に挑む為の訓練もあるし、私の指示で訓練を兼ねて手伝って貰っていると説明すれば、疑われることも無いだろう」
雪子学校長の方針に異論は全くなかったので「わかりました」と頷くと、背後に立っていた花子さんが僕の前に回り込んできた。
「な、なんですか?」
またも嫌な予感がビンビンと反応してしまったせいで、少し声が上擦ってしまう。
何を言われるのか警戒していた僕に対して、花子さんは平然と「それじゃあ、買い物をしましょう」と微笑みかけてきた。
予想すらしていなかった言葉に、僕は「買い物ですか?」と瞬きをしながら聞き返す。
すると、花子さんは「だって、お洋服も日用品も持っていませんよね? 転校生とはいえ、制服と学校で用意している共用のワンピースだけしか服が無いのはおかしいと思いませんか?」と質問をしてきた。
「それはそうかもですけど……」
花子さんの言葉には頷けるところが多い。
いや、納得出来ない場所は無かった。
けれども、何故か素直に頷けない自分がそこにいる。
自分でも上手く自分の気持ちを掴めてはいないので、なんとも表現し辛いのだが、理屈の上では花子さんの言うことはもっともで、同意するのが正しいと思っているのに、頷きたくない気持ちがあるのだ。
そんな僕に対して花子さんが「任せて頂ければ、私が買いそろえておいても良いですよ」と提案してくれる。
花子さんの提案を聞いた僕はなぜだかホッとした。
「お願い出来ますか?」
僕は花子さんに頭を下げながら、自分が偽装の為とはいえ、自分用に女の子用の生活用品を選ぶのに抵抗があったのだと理解する。
実際生活が始まれば何も感じなくなる可能性も高いとは思うのだが、それでも想像の段階である現時点では、自分の選んだ小物を見て羞恥心を刺激される僕自身が容易に想像出来た。
生活雑貨でそうなりそうなのだから、衣服なんて発狂しかねない。
自分で選んだ服を見たら数時間はフリーズしてしまいそうだ。
なので、花子さんが選んでくれるという提案は、僕にとって渡りに船だったのである。
小学生時代に、友人が友達から服を馬鹿にされて『お母さんが選んだから』と言い訳していた記憶があるが、要はアレと同じ感覚だ。
僕が選んだのでは無く、花子さんが偽装の為に選んだのだという言い訳が、僕の中にあれば、どうにか乗り越えられると判断したのである。
実に姑息だが、気持ちを落ち着かせなければ、女子小学生の振りなんて出来るはずも無いので、一つ一つ失敗の芽を摘むのが肝心だと、反論や大安を思い付かないように、僕は何度も自分の心にすり込んだ。




