拾壱之肆拾玖 やりとり
「……」
正直、何も口に出来なかった。
私的には全力で大ジャンプをしたのにも関わらず、結果として50センチも飛べてないと思う。
天井までの距離とか考えていた自分が恥ずかし過ぎて、周りのマット代わりのタオルの中に埋もれて顔を隠したいところだ。
まあ、私本体の方はどうなっているかわからないが、今、感覚をメインにしているのは『ウーノ』の人形の体なので、変な汗が出たり、熱が上がったり、心臓の動きがおかしくなったりしていないのが救いだと思う。
と、私の中での心の整理はついたものの、未だタオルを構えてくれている二人に、その必要が無いことを伝えなければならなかった。
正直、しんどいが、先延ばしにしても良いことはないので、覚悟を決める。
発声を『ウーノ』の体でするように意識をしてから口を開いた。
「すみません……さっきのが全力ジャンプでした」
基本的に『ウーノ』は私がベースなので、声についても私と同じ筈だけど、人形の体で発声しているからか、発せられた声は録音した自分の声を聞くような違和感がある。
が、そのお陰で、報告自体がどこか他人事のように思えて、思ったよりも精神的なダメージは無かった。
「それじゃあ、筋力的には普通の人間の体と同じワケか」
手にしたタオルを畳みながら、東雲先輩は冷静に推測を口にする。
対して、那美ちゃんは「じゃあ~『神格姿』を意識したぁ、まーちゃんのお人形はぁ、どうなのかしらぁ?」と首を傾げた。
「普通の筋力という可能性もあるが、凛花が『神格姿』を意識してたなら、相応の力を持っている可能性が高いんじゃ無いかと思う」
東雲先輩は那美ちゃんにそう考えを示した後で「まあ、どちらに城跡で調べてみればいい話だ」と笑う。
東雲先輩の意見にもっともだなと思った私は「確かに、確かめれば良いですね」と同意した。
「ふぅ」
ヘルメットを外したところで、私は思わず息を吐き出した。
解放された頭が空気に触れてとても涼しい。
どうも、無駄に体温を上げていたせいで、ヘルメットの中で蒸れてしまったらしく、那美ちゃんがすぐにタオルを差し出してくれた。
「ありがとうございます」
那美ちゃんの手から受け取ったタオルに顔を埋める。
軽く汗を拭ってから顔を上げると、今度は東雲先輩が水の入ったコップを差し出してくれていた。
「ありがとうございます」
両手で東雲先輩から受け取ったコップに口を付けて、水を一口飲み込む。
常温の水が私の喉を潤しながら体に染み渡っていった。
改めて息を吐き出すと、東雲先輩が少し申し訳なさそうに「悪いな、冷えてなくて」と言う。
私には丁度良かったので、左右に首を振って「いえ、冷えてないお陰で、体が吃驚しなくて良かったです」と思ったままを言葉にした。
対して、東雲先輩はホッとした表情で頷いてくれる。
その表情を見ていると頬が熱くなってくるので、私は慌ててコップに口を付けてもう一口水を飲み込んだ。
「うーん、正直、感覚はそんなに変わりませんね」
休憩を挟んだ後で、今度はリンクする相手を『コリンちゃん』に変えてみたが、言葉にした通り、感覚的には『ウーノ』の時と違いは感じられなかった。
「おっぱいが重かったりしないのぉ?」
「おっぱっ」
那美ちゃんの遠慮の無い質問に、思わず『おっぱい』と言い掛けて踏み止まる。
そこから、目を閉じて気持ちを立て直してから「特に重さは感じませんね」と伝えた。
「んー、やっぱり『コリンちゃん』は人形だから違うのかなぁ」
那美ちゃんの呟きに、私は「違う……っていうと?」と聞き返す。
「ほらぁ、おっぱいが大きいと肩が凝ったり前傾姿勢になりやすいっていうからぁ」
そう言われて、私は体の感覚を確かめてみた。
前傾姿勢になっていることも無いし、そもそもかなりの大きさがあるのに、胸が重いとは感じない。
視線を下げると、胸が壁になって脚が見えないが、それ以外は特に大きな違和感は無かった。
「自分の感覚で言うと、痛みとか疲れとか、負荷は感じないみたいです……その、胸が大きくても……」
私の言葉に、那美ちゃんは明らかにがっかりとした様子で「そうなのねぇ」と呟く。
「何でがっかりしてるんですか?」
ついそう尋ねてしまった私に、那美ちゃんは「将来、おっぱいが大きくなった時のぉ、予行演習が出来ないでしょぉ」と頬を膨らました。
このやりとりを続けるのは、よろしくないと思いながらも、那美ちゃんの目に話を切ることも出来ずに、私は「胸の重さがわかるように調整したらいいんじゃない」と伝える。
那美ちゃんは即座に目を輝かせて「流石ぁ、リンちゃん、そうねぇ、体感できるようにぃ調整すれば良いのねぇ!」と声を弾ませた。
「そ、そうですね」
那美ちゃんに頷きつつも 一度体験してみるというのは良いけど、毎回、重みを感じるの大変じゃ無いかと思う。
すると、那美ちゃんは「それじゃ~、コリンちゃんだけにぃ実装してぇ、私のお人形は無しにぃ、すれば良いかなぁ」と口にした。
会話していないのに意思疎通が成立するのに慣れてきたとはいえ、ズバリと通じてしまうことに多少怖さがある。
当然、そう考えたことも伝わっているのであろう那美ちゃんは「ふっふっふ」と笑うだけでそれ以上何も言わなかった。




