弐之拾 元の姿に戻る
先ほどまでの変化よりも、体を包む熱は高く、変化に掛かる時間も長かった。
それでも、いけるという確信があるお陰で、僕は途中で変化を止めずに、より強く念を込める。
すると、それが功を奏したのか、急激に熱が霧散し始めた。
直後、ほぼ直感に近いモノで、変化が終わったことを感じ取った僕は、目を開けるとすぐに手を確認する。
そこにはついさっきまでの白く細い少女の手では無く、それなりに太くがっしりとした男の手があった。
僕はそのまま視線を手から体に移すと、そこには少女の体では無いとはっきりわかる変化がある。
元に戻ったという感覚が僕の中に生まれたが、肝心な部分が未だ確認出来ていなかった。
なので意を決して鏡を見る。
そこにはちゃんと僕の意思で動く林田京一の姿があった。
が、僕が元の姿に戻れたという事実に、喜びを噛みしめようとした直前、花子さんと雪子学校長の言葉に強烈なショックを受ける。
「小さいな」
「小さいですね」
その容赦の無い言葉に、僕の頭は真っ白になった。
「はっはっはっはっは、す、すまないっ。こ、言葉の選び方がっ、悪かったねっくくくく」
全然悪びれた様子も見せずに、雪子学校長は笑いを堪えつつ謝罪の言葉を口にした。
僕の思考を真っ白に塗りつぶしたもう一人の人物花子さんは、顔を赤く染めて「その……あの……」と言い出しては、俯いてしまう。
何か言ってくれた方が反論出来るような、また言葉を失いそうな、自分としてもまるで予測の立たない状況に、沈黙するしか無く、結果的に雪子学校長の笑い声がよく響く結果になった。
「いや、すまないっぷふっき、禁句だね、小さいというのは」
「い、いえ、事実なので……」
未だ笑いを収めキレていない雪子学校長への返答が、かなり棘を含んでしまったことは仕方が無い筈だ。
「その、サイズ……も、ダメだな。えーと、尺度? 表現がしづらいな」
雪子学校長は言葉選びをし始めて、悪戦苦闘しているが、要は僕の変身が不完全だったのである。
それも、顔や体つき、バランスは完璧だったのに、大きさだけが違ったのだ。
僕の、林田京一の身長は170センチちょっとで、狐耳の少女の姿の方は134.6センチしかない。
その狐耳の少女の姿の身長で林田京一の姿に戻ったのだ。
身長が35センチも低くなったのに、体のバランスは一緒、つまり顔も腕も何もかもが元の7割くらいのサイズに小さくなった精巧なフィギュアのように変化していたのである。
それを見て、花子さんも、一応雪子学校長も『小さい』と咄嗟に口にしてしまったのだが、僕は何故か、理由はまったく思い至らないが、どういうわけかショックを受けて頭が真っ白になったというわけだ。
ちなみに、頭が真っ白になった直後、僕は狐耳の銀髪少女の姿になったらしい。
意識が遠のいて変化が解けたということならば、やはり基本の姿は、狐耳の少女の姿ということを受け入れなければなら無そうだ。
「ともかく、多少の変化は覚えられたみたいだから、上手くすれば元のサイズにも変化出来るかも知れないぞ」
雪子学校長の姿に、僕は静かに頷いた。
狐と狐少女の姿には、明らかなサイズの違いがある。
狐少女から人間の変化にだけ、同じ身長にしか変化出来ない制約がある可能性の方が低いと思う……というか思いたかった。
なので、今後は元の身長に近づけるように練習を繰り返すつもりだし、もし変化出来るようになれば教壇に再び立つことだってできる。
そう思うだけで、気持ちは前向きになってきた。
すると、アイデアが頭に閃く。
「そうだ! 動画でなら、京一としてこども達にメッセージを送れませんか?」
僕の言葉に、雪子学校長は目を丸くした後でニヤリと笑った。
「確かに、それなら変化の腕前を磨ききる前に、指導に戻れるかも知れないね」
「雪子学校長や花子さんには負担を掛けるかも知れませんが、協力してください!」
頭を下げながら二人にそう頼んだのだが、雪子学校長からはとんでもない言葉が返ってくる。
「私たちの負担を気にするのなら、その狐耳の生えた少女の姿で、教壇に戻ってくれても、別に構わないんだが?」
「なっ」
顔を上げれば、ニヤニヤと笑う雪子学校長と待ち構えていた。
「私たちの先生が、こんなに可愛くなってしまうなんてと、もの凄い人気になるんじゃ無いか、な、花子?」
「え、あ、そうですね。人気になるのは間違いないと思います!」
雪子学校長の発言に対して、花子さんはギュッと両手の拳を握って大きく頷く。
そこはそんなに力強く肯定して欲しいところじゃなかったんだけど、という思いで僕の顔は引きつった。
一方花子さんは、僕の表情の変化に触れること無く、思い浮かんだらしい疑問を口にしてくる。
「ところで、何故動画なのですか?」
首を傾げて不思議そうにしている花子さんに、僕は自分が考えたことをそのまま伝えることにした。
「まず、直接会うわけには生きませんよね、さっきの体の大きさだと」
「あ、はい。それはわかります」
「それで、動画でメッセージを録画して伝えるって事を思い付いたんです。体の大きさ以外は元と変わらないので、撮影の時に背景などに気をつければ大丈夫だと思ったので」
僕の言葉になるほどと頷いた後で「でも、動画じゃ無くて、テレビ電話のような方法ではダメなんですか? 子供達も一方通行より、喜ぶ気がするんですが……」と再び首を傾げる。
花子さんの疑問に対する答えが、どうにも言いにくくて、僕は「それは……」と口ごもってしまった。
そんな僕に変わって、雪子学校長が「簡単だよ、花子」と口を開く。
「昔から漫画やアニメーションの世界では、正体がばれるのは御法度なのだよ」
花子さんは何故か誇らしげな雪子学校長の言葉を聞いた後、狐少女と化した僕の全身を見回してから「なるほどです」と手を叩いた。




