拾壱之伍 一閃
攻撃を仕掛ける二組に対して、私たちの役割は端的に言うと、状況の監視だ。
既に私たちの見ている光景は他者の視界を投影することの出来るアプリ『異世界netTV』を通じて、元の世界に送られ、ヴァイアの『オリジン』の中継で『記憶レコーダー』に随時記録されている。
今回、雪子学校長がこちらに同行しているのは、この記録システムの管理とバックアップを花子さんと月子先生が担当しているのも理由の一つだった。
東雲先輩と那美さんを追う私、舞花さんと結花さんを追う志緒さん、雪子学校長は『火炎蜥蜴』の動きを細かく監視しつつも、全体把握という役割分担で、今回の戦闘内容を記録する手はずなのである。
これが成功すれば、より適切な戦略の構築や『種』についてこれまで以上の情報を得られる可能性があり、そのフィードバックとして、全員の安全が向上するわけだ。
その事を思い出し、いざという時に雪子学校長の指示で飛び退ける程度の意識を残しつつ、私は東雲先輩と那美さんの動きを記録すべく意識を集中させる。
直後、東雲先輩が動いた。
一歩しか踏み込んでいないはずなのに、東雲先輩の体は目算で50メートルくらいは先に進んでいる。
驚きでつい東雲先輩を追いたくなったものの、私の役目は先輩と那美さんを視界に収めることなので、二人が視界の内に収まるように、誰もいない空間を見詰め、無理矢理、視界の中に二人が収まる状況を保った。
カメラには容易くとも、つい状況や気持ちで視線が動いてしまう人間の視界で、一歩引いた画を保つことの難しさを痛感しつつ、私なりにベストを尽くす。
が、そんな私なりの努力などお構いなしに、東雲先輩はとんでもない二歩目を踏んだ。
直前の一歩目の優に倍はあるんじゃ無いかという距離を移動し、私の視界を飛び出しかける。
一方の那美さんは動かず魔法を維持している様子なので、二人を視界に収め続けるために、体を回転させつつ視界の端に那美さんと、逆の端に『火炎蜥蜴』を収めた。
東雲先輩の踏み出す三歩目、これまでの流れを踏まえれば、恐らくこれで『火炎蜥蜴』に接敵するであろう一歩が踏み込まれると同時に、青い光が水平方向に走った。
それが何か、私の頭ではすぐに理解することが出来ず、呆然としてしまう。
お陰で視点がぶれることなく、四歩目で『火炎蜥蜴』を通り過ぎた東雲先輩を捉える事には成功した。
恐らく四歩目を分だ東雲先輩は、左の腰に手を当てて、左足と重なるように刀の先をやや下方に下げる構えを取って踏み込んでいたはずなのに、今は僅かに青みを帯びた刀身の刃先を右斜め上へと振り上げた姿勢をとっている。
その姿を見て、私はようやく青い光の正体が、東雲先輩が刀を振り抜いた事で生じた閃きなのだと気付いた。
ようやくその事に気付いた私の視界の中央部付近で、身動き一つ見せなかった『火炎蜥蜴』が動く。
いや、動くというのは正しくない……見たままを言葉にすれば、水平に近い軌道で現れた直線で『火炎蜥蜴』の体は上と下が分かたれ、左側がほんのわずか下になっているからか、そちらに向けて上側がずるりと滑ったのだ。
冷静に考えることが出来ていたら、すぐにそれが、東雲先輩が『斬った』結果だとわかったのだろう。
けど、光景が衝撃的すぎて頭が回っていなかったからか、ずるりと滑った上半分が地面に落ちるまで、私は何が起こったかを理解できずにいた。
ややあって、二つになった『火炎蜥蜴』は煙のように消え去った。
それに遅れて、景色に変化が起こり始める。
赤く荒廃した色を見せていた世界に緑が戻り、むき出しだった赤い地面は背の低い草に覆われた。
「……終わった……んですよね」
半信半疑で呟いた私に、雪子学校長が「『更様』の解除は『種』の消滅と同義だ。『種』の消滅地点に移動して、一息つこう」と口にして歩き出す。
雪子学校長は同時にハンドサインで、やや距離のある那美さん達にも集合の合図を出した。
既に『火炎蜥蜴』の消滅地点に立つ東雲先輩が、周囲を確認した後で、私に視線を向ける。
「凛花、もう気配を感じないが、そっちはどうだ?」
「えっ! 私ですか!?」
思わずそう返してしまった私に驚いた表情を見せてから、東雲先輩は苦笑気味に「凛花のMAPの表示はどうなっている?」と聞き直してくれた。
東雲先輩が私に声を掛けた理由がわかり、出所のよくわからない羞恥心で体が熱くなる。
私はそれを誤魔化すようにMAPに意識を向けた。
「……確かに『火炎蜥蜴』の表記は消えていますね」
「ということは、間違いなく打ち倒せたようだね」
雪子学校長はそう言ってから大きく長く息を吐き出してから、私たちを見渡す。
「負傷者もなく、無事討滅出来たことは喜ばしい。皆ありがとう」
そう言って頭を下げた雪子学校長は「ご苦労様」と頭を上げつつ柔らかな笑みを見せた。
雪子学校長の笑みに釣られて皆が、それぞれ息を吐き出す。
その様子に『やっぱり緊張していたんだなぁ』と感じた私は、胸の中で『皆、頑張った! 偉い!』と拍手を贈った。




