拾之肆拾肆 第二の
「これで、良いわ」
「え?」
「これで完成でいいわ」
「ほんとにですか?」
てっきり微調整をすると思っていたので、ついしつこく尋ねてしまった。
対して、結花さんは「リンちゃんは見えてないからわからないかも知れないけど、凄く精巧に出来ているわよ」と笑いながら私の背中を叩く。
その拍子に私は思わず目を開いてしまったのだが、直後、結花さんの人形が目に入った。
私が目を開いたタイミングで、耳元で結花さんが「ほら、完璧でしょ?」と囁いて笑う。
なぜか、心臓が大きく鼓動して、つい動揺してしまった私は「そ、そうだね」と返すのが精一杯になってしまった。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんの変身みたい!」
舞花さんの言葉に「もちろん良いけど……」と口にした結花さんは、視線を志緒さんに向けた。
絶賛スケッチ中の志緒さんに苦笑してから、結花さんは「しーちゃんが落ち着いてからね」とウィンクしてみせる。
舞花さんも「そうだねー、邪魔しちゃ悪いねー」と不満を見せることなく苦笑した。
志緒さんの暴走は私も何回観ているけど、舞花さんと結花さんが、仕方が無いと引き下がるぐらい何だなぁと思うとおかしくなって噴き出してしまう。
「ん!? 何、リンちゃん?」
舞花さんが噴き出してしまった私に振り返って、一気に距離を詰めてきて、上目遣いでのぞき込んできた。
思わず笑いは引っ込んだものの、頭が真っ白でどう答えて良いかが浮かばない。
「ん?」
首を左右に動かしながら、舞花さんは私の反応を観察し始める。
「あー、えーと……」
動揺する私と舞花さんの視線が交わった。
「ん?」
大きな目をパチクリさせてこちらを見てくる舞花さんに、私は「志緒さんの集中力って凄いなって思ったんです」とようやく浮かんだ説明を答える。
何がおかしくて噴き出したのかは、正直曖昧だけど、切っ掛けが志緒さんのスケッチする姿だったので、おかしくはないはずだ。
「確かに、しーちゃんは自分の世界に入ると、周りが見えなくなっちゃうからね」
舞花さんは私の返しに納得したのか、腕を組んでうんうんと何度も頷く。
「周りが見えなくなっちゃうって、なに?」
「わぁ!」
急に話しかけられたことに驚いて振り返ると、そこにはスケッチを終えた志緒さんがこちらを見ながら首を傾げていた。
「あ……ス、スケッチ終わったんだね」
私たちの会話を聞いて気分を害していないかとドキドキしながら志緒さんにそう告げると、普段通りの様子で「うん、そっちは……ユイちゃんの人形を作ってたんだね」と口にする。
「しーちゃん、このお姉ちゃんの人形、変身できるんだよ!」
舞花さんがそう言った瞬間、志緒さんの態度が変わった。
「すぐ、実験しましょう! あ、ちゃんと録画もしましょう! よし、いつでも良いですよ!」
手にしていたタブレットをカメラモードに切り替えて、結花さんの人形に向けて構える。
ほんの一瞬の行動に、呆気にとられてしまった私は固まってしまったが、志緒さんを待っていた舞花さんは「じゃあ、お姉ちゃん、おねがい!」とワクワクしながら視線を人形に向けた。
なんだか置き去りにされたような気分になった私は、気持ちを分かち合える相手を探して視線を動かす。
同じ気持ちかはわからないが、困惑気味の表情を浮かべた結花さんと視線が重なり、私たちはお互い苦笑を交わしあった。
「えーと、ユイの人形、ミルキィ・チェンジしてみて」
結花さんの言葉に、彼女の人形は頷いて、胸の前で手を重ねて祈るようなポーズを見せた。
皆が変身の始まりを期待して、ワクワクを強める。
が、そのまま少し立っても何の変化も起きなかった。
「あれ?」
一番最初に声を発したのは舞花さんで、自然と皆の視線が集まる。
困惑しながらも、舞花さんは「舞花、ちゃんと変身のイメージを送ったよ!」と断言した。
私もそれをフォローするように「確かに『アル』の時と同じくらいのエネルギーを送り込みました」と言葉を添える。
対して、志緒さんが「じゃあ、発動条件が満たされてないって事ですね」と冷静な意見を口にした。
「発動条件?」
私の言葉に頷いた志緒さんは「さっき、変身が始まった時と今回の違いってわかりますか?」と舞花さんに尋ねる。
志緒さんの言葉が思考の方向を道付けたお陰か、舞花さんはすぐに何かに思い至ったらしく「あっ」と声を上げた。
「ステラだ!」
劇中再現のつもりでヴァイアに変身開始のセリフを言わせたのが、発動条件じゃないかと推理した舞花さんは、早速待機させていたステラを呼び寄せた。
ステラにセリフを伝えた舞花さんは「じゃあ『スーちゃん』お願い」と伝える。
頷くような動きを見せたステラは、すぐに「ユイちゃん! ミルキィ・チェンジだよ!」とセリフを口にした。
直後、祈りの姿勢で止まっていた結花さんの人形の胸の前に白い光が出現する。
白かった光は時間と共に赤、青、緑、黄色、紫と様々な色を発しながらその姿を杖に変えていった。
ずっと祈りの姿勢を保っていた結花さんの人形が、光が杖へと変貌した瞬間動き出す。
目を開くと共に杖を手にした結花さんの人形は『太陽の魔力よ、我が身を包め! ミルキィ・チェンジ!!』と叫んだ。




