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放課後カミカクシ  作者: 雨音静香
第壱章 教師赴任
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壱之弐 花子との出会い

 遠ざかっていくタクシーを見送って、僕はようやく胸を撫で下ろすことが出来た。

 散々大丈夫だと言われていても、こうしてタクシーが元来た道を引き返していくまで、お金を請求されないがドキドキだったのである。

「はぁ~」

 安堵と自分の小心ぶりに対する情けなさで、大きな溜め息が口から飛び出した。


 しばらくその場で脱力した後で、僕は踵を返した。

「やっぱ、5,000円超えは、ビビるよな」

 数日分の食費に匹敵する金額は、僕にはダメージが大きすぎる。

 ここに来るまでの交通費も大分ケチって、格安の高速バスと各駅停車の電車を乗り継いできたのに、その額ですら大きな負担だった僕の財布事情は悲惨そのものなのだ。

 と、そこまで考えたところで、これ以上は気持ちが暗くなると、頭を左右に振って僕は意識を切り替える。

 ここからは僕の夢が叶う場所だし、何より先生として、教える子供達にはできるだけ情けない姿は見せたくはないのだ。

 そう思うだけで、僕の気持ちは大分前向きになる。

 すると、途端に先ほど心引かれた建物への興味が再び沸き起こった。


 僕がタクシーを降りたのは、学校の敷地内では無く、門の外、砂利が敷かれたそれなりの広さがある広場だった。

 道はこの先には続いていないようで、砂利の広場の手前でアスファルトの舗装は途絶えている。

 つまり、あの長い山道は、事実上、この学校専用の道というわけだ。

 そう考えると、道幅こそ車一台ギリギリだったものの、舗装自体はしっかりしていたので揺れは少なく、優遇されている感じは伝わってくる。

 実際、タクシー代も請求されなかったし、村で支えているのは間違いなさそうだった。

 そんなことを考えながら歩みを進めると、木の陰でわからなかったが石積みの壁のような物が目に入る。

 石積みの壁に設置されている大分古びた木の板には『村立緋馬織(ひめおり)小学校』『村立緋馬織中学校』と縦書き並列で書かれた校名が記されていた。

 事前に調べたとこによると、緋馬(ひめ)というのはこの地の守り神で、その姿を織物に織り込むことで魔除けとしており、この辺りはその産地だったことが名前の由来らしく、伝統工芸品として『緋馬織』という織物も現代まで伝わっている。

 そんな名産と同じ名を持つ学校の歴史を感じさせる洋風の白塗りの木造校舎は、周りの緑からは完全に浮き上がっていた。

 近づくと、校舎の土台は、きっちりとコンクリートで作られているのがわかる。

 コンクリート製の階段を三段程上がると、そこには木製の重厚な両開きの扉が待ち構えていた。

 歴史を経て光沢を失った金属製のドアノッカーに手を伸ばし、とりあえず鳴らしてみる。

 コンというよりは、コツに近い低い音が重々しく響いた。

 元々明治や大正、昭和初期の建物や文化が好きな僕は、それだけでゾワリと全身が震える。

 もう一度鳴らしてみたいという衝動を、聞こえなかったかも知れないという言い訳で覆い被せて、今一度ドアノッカーに手を伸ばした。

 だけど、僕の手がノッカーに触れる直前、ガチャリと鍵の外れる音が鳴る。

 あまりのタイミングの良さに少しドッキリとしたせいで、僕は動きを止めてしまった。

 直後、ゆっくりと片側の扉を開いて、隙間からこちらを覗うように小柄な女性の顔が覗く。

 僕とそう年の変わらないように見える女性の外見に、正直安堵した僕は「あの……」とどうにか普通に声を発することが出来た。

 そんな僕に対して、女性は柔らかな笑みを浮かべる。

「もしや、新たに来られる先生ですか?」

「あ、はい。そうです」

「お待ちしておりました」

 女性は言うなり、顔だけ覗かせていた扉を開いて歩み出た。

「あっ」

 女性の思いも寄らない格好に思わず声が出てしまう。

 紬の着物に、白の割烹着という今では珍しくなってしまった装いだった。

「どうかされました?」

 僕が急に声を出したことに疑問を抱いたのであろう女性がそう尋ねてくる。

 初対面なのもあるし、変に繕っても仕方が無いと思い、僕は素直に驚いた理由を伝えることにした。

「あまりにも、割烹着姿が似合っていたので、思わず声が出ました」

「あら……古くさいでしょう?」

 女性は少し困ったようにそう言うが、僕としてはむしろ心躍る装いなので、思いっきり否定する。

「いえ! よく似合っていると思います。むしろ、日本の心、大和撫子って感じがして、僕は好きです!」

「あら、先生はお上手ですね」

 クスリと笑われてしまってから、自分が随分なれなれしく話しかけてしまった事に気が付いた。

「あ、いや、すみません。未だ自己紹介もしていないのに……」

「あら、言われてみれば、そうですね」

 再びクスクスと可愛らしく笑った女性は、僕の方に視線を向けると、名乗りながら頭を下げる。

「初めまして、私は緋馬織花子と申します」

「あ、林田です。林田京一」

「林田先生ですか、よろしくお願いします」

 頭を上げた花子さんは、そう言って僕に片手を差し出してきた。

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 ズボンで軽く手を拭いてから花子さんの手を取って頭を下げる。

 僅かに体温が高い花子さんの温もりに、僕の胸は僅かに高鳴った。

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