拾之弐拾弐 アイドル・ガールズ
私の『普段着』で『鉄壁スカート』を試したいのではと言う閃きに対して、志緒さんは「うーん」と顎に指を当てて考える素振りというリアクションを見せた。
外れてはいないが正解では無いといった感じの反応に、少し残念な気分になってしまう。
とはいえ、ここに赴任してきた時よりも、生徒の気持ちが想像できるようになっているのは間違いないので、どこが違ったのかを見極めるため、志緒さんの動きに意識を集中した。
すると、志緒さんは私の視線に気付いて、グッと顔を寄せてくる。
思わず離れようとする体をその場に無理矢理押しとどめて、志緒さんをしっかりと見返した。
そんな私の対応に、志緒さんはニッと笑みを浮かべると目を細める。
流れるようにその顔を私に近づけてから、ぼそぼそとした聞き取りにくい声で質問をしてきた。
「ねぇ、リンちゃん」
「は、はい?」
妙な迫力に押されているのを自覚して、私は足に力を込める。
「リンちゃんは、アイドル・ガールズって知ってる?」
「へ?」
想定外の質問で思考が止まったが、その分、志緒さんが口にした名前が強烈に耳に残った。
「リンちゃん?」
私の反応がなかったので、志緒さんはすぐに表情を曇らせてしまう。
志緒さんを不安にさせる意図はないので、私はともかく現状を言葉にして理解して貰うことにした。
「えっと、予想してなかった名前が出てきたから少し驚いてしまって」
「あ、思い出し中だった?」
「そんな、感じ……かな?」
志緒さんの言葉に頷いていると、私の頭にじわじわと記憶が蘇ってくる。
『アイドル・ガールズ』は、私……京一が小学生だった頃に始まった『カードゲーム』連動のアニメシリーズだ。
詳しく知っているわけじゃないので、間違っているかも知れないけど、カードを組み合わせて好きな衣装をアイドルのキャラクターに着せて踊らせる。
アニメに登場するキャラクターを操作することも出来るのだが、ここで自分のカスタマイズした自分だけのキャラクターを操作したり、成長させたりすることが出来るのだ。
これが当時、滅茶苦茶、女子に受けて、ほぼ皆が遊んでいるんじゃ無いかというぐらいの盛り上がりで、結果的にデパートでも、ショッピングモールでもゲームセンターでも駄菓子屋でも、このゲームの筐体が置かれている一家は女子の集団が必ずいるような状況だったのである。
そうなると、誰が言い出したのかはわからないが、男子の中で、近づくヤツは『女子』みたいな変な考えが横行し始めた。
結果、女子が盛り上がれば盛り上がる程、男子の態度も頑なになり、ゲームコーナーに近づいただけで馬鹿にされたり冷やかされたりするようになってしまう。
個人的には、作品自体に思うものがあるわけではないものの、何か触れてはいけないものというイメージを、当時強く抱いていた。
そんなわけで、作品自体もその人気も知っているものの、現状だとか、今の子達がどう接しているのとかがわからない。
今の小学五年生という設定を考えると、私が知ってて良いのかの判断がつかなかった。
正直、どうすれば良いのかの判断がつかずに、困る私に助け船を出すように、那美さんが話に入ってきてくれる。
「学校だとぉ、なかなかカードが集められないのよねぇ」
溜め息交じりに言う那美さんに、志緒さんが食い気味に「ね!」と同意して頷いた。
その後で、私はどうなのかを問う志緒さんの視線がこちらに向く。
「う、うちは、禁止だったから……」
何か答えなければと言うプレッシャーの中、苦し紛れに出てきたのは学校での『アイガル禁止令』だった。
人気になりすぎたせいで、男子が反発し始めただけでなく、女子の必須アイテムのようになってしまった結果、家庭の事情なので買えない子などが問題になって、私の通っていた学校では、学校全体で禁止になったのである。
元々禁止だった、ゲーム機や化粧道具などに『アイガルカード』が加わった形だ。
なので、それを元に答えたのだが、志緒さんは違う解釈をしてしまったようで、表情が一気に悲しそうなものに変わる。
「そっか、そうだよね。おうちの事情もおあるもんね、ごめんね、リンちゃん!」
「あ、えーと、全然気にしないで」
そこまで口早に口にしてから、状況を変えるいってを打ち込んだ。
「そ、それで……私、あんまり詳しくないから、教えてくれる……かな?」
「リンちゃ~~ん」
私の発言に対して泣きながら抱き付くという返しを見せた志緒さんに戸惑いながら、知らなくても仕方が無いという認識を与えられたことに、内心で胸を撫で下ろす。
視線を少しずらせば澄まし顔の那美さんと目が合った。
どこまで通じるかわからないけど『助け船、ありがとう』と思いながら那美さんに届けと念じてみる。
すると、少し驚いた表情を見せた後で那美さんが、こちらに向けて険しい表情を見せた。
その表情の理由がわからずに、私はもう一度念じてみる。
『何か不味いことしましたか?』
私のその言葉が届いたのかどうかはわからないけども、那美さんは険しい表情を緩めて首を捻り始めてしまった。




