拾之拾捌 リンリン
「リンちゃん、冷静に考えてみてぇ、これから出して貰う『リンリン』のアップデート版とリンちゃんの匂いを交互に嗅ぐだけでぇ、違和感があれば、すぐに気付くと思うのぉ」
満面の笑顔で言う那美さんだが、内容はとてつもなく酷かった。
悪ノリしている時の花子さんのような雰囲気に、嫌悪か……苦手だなという気持ちが湧いてくる。
そんな雰囲気の中、那美さんはとても真面目な顔で「これは実験なの。リンちゃんの能力の仕組みを解明するための崇高な儀式なの!」と言い放った。
「花子さんにうり二つな発想とご意見なんですけど!?」
思わず声に出してそう返すと、那美さんは「日々研究しているからねぇ」と影のある笑みを見せる。
背中がもの凄くゾクッとしたので、もうこれ以上粘るのは辞めて諦めの境地に至ろうと、私は考えを改めた。
「……とりあえず、クロロンにするんじゃないんですね?」
私の確認に、那美さんは「クロロンの黒猫ちゃんな見た目も可愛くていいと思うんだけどぉ、銀狐さんもぉ、最高だと思わなぃ?」と熱の籠もった視線で笑う。
相変わらずドキッとしてしまうような大人びた笑顔も、那美さんの本当の年齢を考えれば当然かも知れないなと思った。
まあ、具体的な年齢までは聞いていないので、小学六年生というのが実年齢とどの程度離れているのかはわからない。
私より年下で、あんな大人っぽい笑みを浮かべられるのだとしたら、いろいろダメージを負いそうなので、このことを深掘りするのは辞めた。
状況に応じて臨機応変に引き下がれるのが、私の真骨頂だと思う。
そんなことを考えていたら、いつの間にか話を聞いていた志緒さんの思考が暴走を始めていた。
「動物特有の匂いも良いけど、確かにぬいぐるみからリンちゃんの匂いがしたら……え、まって、『シャー君』からリンちゃんの匂いがしたら、一緒に寝てる気分に……」
那美さんに続いて、志緒さんにまで影響を及ぼしている花子さんの影響力に、思わず遠い目になる。
「し-ちゃん、気持ちはわかるけどぉ『シャー君』が可哀想よぉ」
那美さんの言葉に、ビクッと体を震わせた志緒さんは項垂れてしまった。
「なのでぇ、交代にしましょ~~私も、抱き枕の『シャー君』と寝てみたいしぃ~」
「なっちゃん!!」
何故か熱く握手を交わす二人に、何でこんな謎のシーンを見せられているんだろうと思ったが、これ以上は考えまいと心の奥底に解明したい好奇心を鎮め混んで封印した。
「それじゃあ、那美さん、肩に手を置いてね」
「はぁ~~い」
私の指示に、那美さんから嬉しそうな声で返事が返ってきた。
ヴァージョンアップも二回目と言うことで、今回は最終形態を私が知らないまま、変化させることにしたのである。
完成品のイメージを完全に那美さんに任せてしまって、私はエネルギーの注ぎ込みと、それが暴発も暴走しないように調整することに徹することにしたのだ。
まあ、銀狐のぬいぐるみで、造形はリアルに近くという話を聞いていたので、私の中にイメージが全くないかというとそんなことは無いので、ちゃんと条件変化しているかは少し謎ではある。
そこを含めての実験なので、私としては異論は無かった。
むしろちゃんと仕上がらなかった時にがっかりするのは那美さんなので、本人が望むならという気持ちで私は了承している。
ただ、流石にイメージ能力では志緒さんに及ばないという意識があるらしく、那美さんはサポートに志緒さんを加えることを提案してきた。
二人のイメージを合成して形にするという主張だったのだけど、出来るかどうかは未知数である。
とはいえ、確実にこれまでにない条件での能力使用なので、検証としては十分に意味のあるものにはなるはずだ。
「志緒さんは、変化が始まった後で、私に触れてイメージを送ってください。多分ですけど『シャー君』の時のように、こうしたいって言うイメージを頭で強く思い描いてくれれば、より形が近づくと思います」
「うん。わかった」
志緒さんの返事を聞いて、最終確認を兼ねて那美さんにも話を振る。
「那美さんは、ヴァイアの基礎をメインに担当して貰うことになるので、ヴァイアのイメージ、今の『リンリン』から継承するところと変える所なんかを最初に思い描いておいてください」
「うん、了解ぃ~~」
すぐに返ってきた那美さんの返事に、軽く頷いてから「では、改めて始めますね」と掌の上に置いた『リンリン』に意識を集中させ始めた。
体の中に『リンリン』を変化させるためのエネルギーが溜まり始めたのを感じると共に、掌の上の『リンリン』は徐々に熱量を増していく。
腕に感じるエネルギーは、なんだか『シャー君』の時以上に集まってきているような気がするのだけど、流入が止まる気配が全くなかった。
なんだかとんでもないことを那美さんが考えているのではと、若干嫌な予感がし始めたが、もう始めてしまった以上立ち止まることは出来ない。
幸い、エネルギーが霧散したりしていないので、きっと出来るのだろうと自分の胸の内で繰り返しながら、頭を過る不安をねじ伏せた。




