拾之拾漆 悪寒
「それじゃあ、変化を始めるよ!」
私の宣言に志緒さん、那美さんが順番に応じた。
「うん! 私も頑張る! リンちゃんも頑張って!」
「二人ともぉ、応援してるわ~~」
私は軽く頷いてから手の上に置かれている『シャー君』に対して、変化を開始するようにイメージを送る。
それに反応するかのように、掌の上で『シャー君』がもぞもぞと動き出した。
上手く言っていると感じた直後、グンと『シャー君』の質量が急激に増えるとともに、揃えていた両手が強制的に引き離される。
目で確認しているわけではないので、確かなことは言えないが、感触から考えると、急激に『シャー君』の表面積が増したことで、掌を押し開かれてしまったようだ。
感覚だけでもスゴイ変化が起きているのを感じ取れるのだから、実際に見ている志緒さんはかなりテンションが上がっているようで、イメージの流れ込みが急激に増加している。
志緒さんにしてみれば、自分がイメージを強める程変化する速度が増すので楽しいのだろうけど、制御して暴走しないように押しとどめるのはかなり大変だった。
でも、やり遂げた先に志緒さんの笑顔が待っているなら悪くない。
そう考えると、この難易度の高い作業も不思議と楽しくなってきた。
椅子に突っ伏した私の肩をもみながら那美さんが「お疲れ様ぁ~」と労いの言葉をかけてくれた。
「思ったより、志緒さんの気持ちが強くて……でも、やり遂げられてよかったです」
私が顔だけを上げて那美さんを見ると、直後わしゃわしゃと頭を撫でられる。
「わぁっちょっと、那美さん!?」
「リンちゃん、偉い偉い~~~!」
「もうやめてくださいよぉ~」
やり遂げた達成感で気持ちが満ちてるせいか、那美さんに頭をくしゃくしゃにされながら撫でられるのもくすぐったくてどこか心地よく思えた。
つい声が燥いでしまうが、それくらい許せてしまうくらいノ達成感がある。
「ふぅ~」
心地よい気持ちで息を吐き出してから、抱き枕『シャー君』に抱き付いたまま微動だにしない志緒さんを見た。
「ところで、大丈夫でしょうか……志緒さん」
喜んでくれたのは抱き付く前までのテンションと『ありがとう』の連呼で十分にわかっているが、抱き枕『シャー君』をいざ抱きしめてからは、まったくといって良い程志緒さんは動いていない。
流石に心配になってきて、那美さんに聞いてみたのだが、ツーッと黙ったままで視線を逸らしてしまった。
普段見たこともない那美さんのリアクションに、私は「何かあったんですか?」と立ち上がって詰め寄る。
そんな私の耳へ、明らかな苦笑を浮かべた那美さんは顔を近づけて「しーちゃんの名誉のために、ここだけの話にしてねぇ?」と囁いた。
「何か、大変なことが?」
「……『シャー君』の匂いが大好きすぎてぇ、一心不乱に嗅いでるみたい~~」
これが漫画だったら目から目玉が飛び出すか落ちるくらいしそうな予想外の言葉に、私はその場で固まる。
そんな私のリアクションに、苦笑を更に引きつらせた那美さんは、困惑顔のままで言葉を続けた。
「スゴイね、リンちゃん。リンちゃんは匂いまでイメージ通りに再現できるのねぇ」
ようやく落ち着いて、動き出した志緒さんが抱きしめたままの『シャー君』に鼻を寄せて匂いを嗅いでみた。
「流石に磯の匂いじゃないんだね……」
「当たり前だよ~……っていうか、サメって磯の匂いがするの?」
一旦頷いたしお産が途中で首を傾げる。
「どうだろう、魚の仲間だからそういう匂いかなって思ったんだよ……あの、スーパーの鮮魚売り場でするような……」
私の返しに、志緒さんは「あの匂いだと、落ち着かないかも……」と口にして苦笑した。
「だから、この匂いなんだねー」
「うん。一番私の落ち着く匂い!」
志緒さんが満面の笑顔で頷く『シャー君』から感じる匂いは、鼻や柑橘と言った匂いではなく、新品の電子機器の排気の匂いが一番近い、
違いと言えば、実際の排気のような熱は籠もっておらず、むしろ少し涼しい気もしたので、それをそのまま志緒さんに伝えると「リンちゃんは鼻もいいんだね!」と目を輝かせた。
更に、グッと私に顔を近づけて、輝く瞳で「これはね、サーバールームの匂いなんだよ!」と嬉しそうに言い放つ。
志緒さんに気圧されながらも、この学校のサーバールームに入室させて貰った時のことを思い出して、その類似点の多さに「……言われてみれば、そんな感じかも……」と頷いた。
「ということはぁ、匂いだけじゃなくてぇ、温度も調整できそうねぇ」
那美さんの言葉に私は黙って頷いた。
確かに那美さんの言うとおり調整することは可能だと思う。
実際、かなり暴れたエネルギーを手懐けるのは大変だったものの、志緒さんの要望というかイメージはかなりの精度で再現できているはずだ。
そんなことを考えていると『シャー君』を抱きしめたままの志緒さんが那美さんに声を掛ける。
「なっちゃんは、どの子をアップデートするか、決めた?」
志緒さんの問い掛けにして、志緒さんはニット笑って私を見た。
もの凄い嫌な予感が、ゾクゾクと悪寒を放ちながら背筋を頭の方へと駆け上がってくる。
「ねぇ、リンちゃん。リンリンからリンちゃんの匂いがしたら、凄いと思わない?」
ああやっぱりという思いを噛みしめながら、私は一応「それハラスメントですよっ!」と訴えた!




