拾之拾伍 ヴァイアの変化
私は上に向けた両手の平の上に『シャー君』を乗せた。
イメージのサポイートをして貰う志緒さんは私の肩に手を置いて貰っている。
サイズが変わるので、変化によっては腕を動かさなければいけないこともあるかと思い、椅子に座った私の肩に、後ろに立って手を置いて貰うことになった。
元々は私も立ってやるつもりだったんだけど、そうすると『シャー君』の変化をみれないと言われてしまったのである。
横に立って腕に触れるのを、集中できそうにないという理由で、私から断っているので、代替案を拒否することは出来なかった。
志緒さんの申し出だし、私だけ座っている罪悪感は甘んじて飲み込もう。
そこで息を吐き出して気持ちを切り替えてから私は「それじゃあ、いきますね」と宣言した。
今回の到達目標である『シャー君抱き枕』は、少なくとも志緒さんサイズはあるので、机を左右に一つずつ、更に前に三つを並べてグループ学習の時のようにくっつけ全部が机の上に乗るようにした。
肘から先を机の上に置いて『シャー君』に意識を集中する。
ヴァイアの状態から直接形を抱き枕にしようとイメージしてみても、変化する気配はしてこなかった。
ここまでは予想通りなので、軽く息を吐き出してから気持ちを引き締め直す。
分身の変化を参考に、出現させたヴァイアを一度エネルギー体に戻して、抱き枕に変化させる一連の流れを頭に描きながら目を閉じた。
視界を閉ざしたことで掌の上と、肩に触れる感触が強まった気がする。
特に私がこれから変化させようとしている影響か、掌の上の『シャー君』は徐々に温かくなっている気がした。
感覚的なものなので、気のせいかもと思っていたのだけど、私の後ろについて状況を見てくれていた志緒さんが「リンちゃん! 『シャー君』が光り出してる!」と状況を伝えてくれる。
事前に目を閉じることを伝えてあるので、現状に変化が起き次第、実況してくれているのだ。
集中を切らさないように意識しながら、それでもこれまでにない変化が起きていることに、私は手応えを覚えた。
感覚を元にして言えば、このまま球体に戻してしまえば、成功率は一気に高くなる。
だが、それをしてしまうと、志緒さんの『シャー君』ではなくなってしまうと、私の直感が訴えていた。
できれば、今の『シャー君』をリセットしたくはない。
志緒さんに手渡してから時間が経っているわけじゃないし、恐らく学習した中身もそれほど多くもないだろうが、それでも『シャー君』じゃ無いっていうことには気付くし、少なくないショックを受けてしまう気がするのだ。
となれば、私の選ぶ道は一つしか無い。
球体への変化を止めるようイメージすると、それが反映されたのか、変化が止まった感触を私は感じ取った。
思い込みでないことを確かめるために、志緒さんに質問を投げる。
「変化は止まってますか?」
「うん。光ったまま……大丈夫、変わってないみたい」
背後から志緒さんの気配が遠ざかり、すぐに戻ってきて、追加の報告をくれた。
「志緒さん。ありがとう」
手短にお礼を言ってから、私は変化を開始するように意識する。
が、どれだけ意識を向けても、光ったところから先への変化が起きている気配はしなかった。
実際の所はどうなのか、志緒さんに尋ねる。
「今、変化するように意識しているんですが、光った状態から『シャー君』に変化はありましたか?」
「ちょっと待ってくださいね」
返事の後、再び志緒さんが私の背後から離れる気配がした。
ややあってから、こちらに近づきつつ、志緒さんは結果を教えてくれる。
「変化してないように見える……かな」
志緒さんの残念そうな声はかなり心に突き刺さった。
が、こういうときに慌ててもよい結果には結びつかないので、どうすれば良いかを考える。
感触としてはピタリと止まっているので、これまでの傾向を勘が減れば、現状のままでは不可能だと言うことだ。
ただ、エネルギーから新たなものを出現させる時のように、光が霧散したわけではなく『ジャー君』に留まっている。
何が足りないかと考えたところで、志緒さんのイメージに思い至った私は「すみません、志緒さん。肩に手を乗せて、変化するイメージを思い浮かべて貰って良いですか?」と依頼した。
すぐに元の位置に付いた志緒さんが私の肩に手を置いて「いきます!」と短い声で宣言をする。
直後、グッと何かに押されるような感覚がした。
これでいけるかと思ったのだが、押される感覚がしただけで、それ以降は何の動きも感じない。
志緒さんのイメージのお陰で抱き枕への変化はいけそうなのに、何故か進まない状況に、どうしたら良いのかが思い浮かばず、途方に暮れそうになった。
そんな絶望直前の状況で、那美さんが「リンちゃん、リンちゃんの腕ぇ、光ってるよぉ」と言い出す。
「へっ?」
思わず間抜けな声が出てしまった私の背後から、志緒さんが「確かに私の触れてる肩から手首までが淡く光ってます」と追加で報告をくれた。
「手首で止まってる?」
「はい」
私は腕を光らせようとは思っていないが、光っていると言うことは、意識していないところで体から腕にエネルギーが流れ込んでいるのかも知れない。
そんなことが何故起きたのかと考えた時、私は一つの可能性に辿り着いた。




