弐之肆 会得すべき術
花子さんに抱き起こされながらも、ようやく押さえ込めるぐらいに尻尾が落ち着いたところで、僕はすぐに雪子学校長に質問をぶつけた。
「そ、それで、どうやって、会得するんですか?」
「落ち着きなさい、未だ話は終わってないよ?」
情報を握る雪子学校長にそう言われてしまっては、受け入れるしか無い。
無意識に苛立ちが態度に出てしまった。
要は、気付いた時には、唇を尖らせてしまっていたのである。
無意識にそんな子供っぽい行動をしている自分に気付いて、慌てて隠そうとした表情だったが、予想外にも雪子学校長には効果的だった。
「そんな可愛いらしい表情で抗議するのは卑怯というものだよ?」
雪子学校長の言葉に、僕はこの表情は使えることを学ぶ。
だが、その嗜好の変化をまたもズバリ見通したように、雪子学校長は釘を刺してきた。
「不意打ちの自然な表情だから響くのであって、幼女歴の少ない君がそんな小悪魔みたいな表情の使い方が出来るとは思えないが?」
「うくっ」
利用出来るかなとチラリと考えてしまっていたのもあって、その言葉は深く胸に突き刺さる。
恥ずかしさの余り顔を覆うと、顔と同じく、僕の心情の影響を受けて動き出す尻尾が暴れ出した。
ブンブンと触れる尻尾の運動エネルギーに引き摺られてからだが揺れ、尻尾の動きでまくれ上がったワンピースの裾がバタバタとはためく。
ワンピースの裾のめくり上がりはこれまで以上で、お腹までが冷たい空気にさらされたのを感じたが、意外なことに顔を覆って視界を塞いでいる……つまり、見えていないせいか、裾がめくれているのに、先ほどのような羞恥心は湧いてこなかった。
見えてなければ、恥ずかしくないかも知れないと学んだタイミングで、お腹にワンピースと、ワンピース越しに何か柔らかいモノが押し付けられる。
その感触の正体が気になって手を退けると、僕のお腹に抱き付く花子さんと目が合った。
「え、あの……」
「尻尾が未だ上手く操れないのはわかりますけど、女の子が下着を晒すモノじゃありませんよ? しかもおへそまで見えちゃってましたからね!」
「ご、ごめんなさい」
花子さんに怒られてしまったことが思ったよりもショックで、発した声は尻つぼみに小さくなってしまう。
もの凄く悲しくて、どうしようという気持ちが自分でも制御できないほど大きくなってきて、体が少し震え出した。
ツンと鼻の奥に痛みが発して、目が潤み出すのを僕止められない。
泣き出してしまいそうだとわかっていても、僕の体はいうことを聞かず、視界が揺れ始めた。
「ど、どうし。な、泣きそう?」
戸惑いに震える声に、鼻声が混じり、いよいよ泣いてしまいそうになる。
だが、涙がこぼれ出すよりも早く、立ち上がった花子さんに強く体を抱きしめられた。
びっくりしたお陰か、涙は零れ落ちる前に止まる。
「大丈夫です。少しずつ慣れていきましょう、私も言い過ぎました。無防備な姿を見て心配がとても強くなってしまったんです」
ポンポンと耳のややした、後頭部を軽く叩きながら花子さんが掛けてくれた声は心地よく、不安だらけだった心の内を温かさで塗り替えていった。
花子さんから齎される心地よい温かさに、僕は素直に浸りながらゆっくりと目を閉じる。
そして、自分の感情も体の動きも制御出来ていない事実に、僕の頭はどうしようという気持ちで一杯になった。
自分一人ではどうしようも無いと諦めた僕は、素直に感情や体の動きをコントロール出来ない事を伝えると、雪子学校長は深く頷きながら聞き返してきた。
「体に随分引き摺られてしまっているということだね」
それに対して僕は「……はい」と素直に頷く。
そんな僕に対して、雪子学校長は少し考える素振りを見せてから、再び口を開いた。
「どちらにしても、体に慣れるのが重要だろうね」
「……はい」
「問題はどう慣らすかなんだが……」
「どういうことですか?」
慣らすのに何か選択肢があるように取り付けられた『どう』という言葉に、僕は首を傾げる。
「説明の途中だったが、狐人間は化ける……変化する力を持っている」
「はい」
僕が頷くと、雪子学校長も頷き、お互いにここまでの会話に齟齬が無いことを確認し合った。
それが核心に入る合図だと理解した僕の体が、緊張で強張る。
「その能力を使って、元の姿に変化した事例が記載されていた」
「元の姿!」
「そう、君の場合は林田京一の姿だね」
そう言われた僕は、無意識に自分の手の平を見た。
正直、体自体が小さくなったせいか、手を見ただけでは、以前と比べて小さくなってしまった実感は無いが、それでもつるつるとして白くなった指も、ぷにぷにと柔らかさを増した手の平も、記憶にある僕の、京一の手とはまるで違う。
僕は雪子学校長が考えたであろう選択肢の一つとして、女の子の体に慣れるのでは無く、男の姿に変化することに慣れる方法があると示してくれたのでは無いかと考えた。
「……その……この女の子の体では無く、変化に慣れれば、元の姿で行動出来るっていうことですか?」
そんな僕の言葉に対して、雪子学校長は「このケースが当てはまる保証は無いが、可能性は……」と口にしたのだが、それは花子さんに遮られる。
「ダメです!」
力強い否定の言葉に、思わず驚きで、喉から「へ?」と間の抜けた声が飛び出した。
「変化に慣れるなんていつ習得出来るかもわからないことよりも、今は優先して女の子の体……いえ、それよりも何よりも尻尾に慣れないといけません!」
普段とはまるで雰囲気の違う剣幕で断言を繰り返す花子さんは、そう言いながら僕の手を合わせた上で、その上から自らの手で包み込むようにして掴む。
「今、やらなくちゃ、いけないこと、それはその尻尾に慣れること、元の姿だとか、尻尾を消すとか、今は選択肢として考えられません!」
反論を許さないという空気を纏った雪子さんの言に、僕はビクビクと体を震わせながら「ひゃ、ひゃい」と情けない声で頷くしか無かった。




