弐之参 狐の伝承
「狐の幼女だったのは幸運だったね」
「そ、そうです……か?」
思わず疑問符がついてしまったのは、変化してからこっち尻尾に振り回され、体の影響か思考や感覚が幼くなっている感覚があるからだ。
どう考えても、幸運だったと思える部分がない。
そもそも、何故そう思い込んでいたのか、性別が変わっても容姿にそんな大きな変化はないと思っていたのに、元の姿とはかけ離れた銀髪の狐耳と尻尾のついた女の子になってしまった。
しかも、身長では雪子学校長にも届いていないので『幼女』というのも否定出来ない。
それでも、まだ普通だったら良かったのだが、生えてしまった尻尾や耳のせいで感覚を持て余すことになってしまった。
やっぱりどこをどう考えても、幸運要素が見つけられない。
そんな僕の思考をある程度読んでいるような素振りで雪子学校長はニヤリと笑って見せた。
「朗報だよ」
「……本当ですか?」
思わず疑わしいモノを見るような目を、僕は雪子学校長に向けてしまう。
雪子学校長はそんな僕の視線など綺麗に受け流して「本当だとも」と自信ありげに頷いた。
そういう態度を取られると、ついつい好奇心が刺激されてしまう。
結果として、僕の意識の外でまたもパタパタと尻尾が動き出したので、慌てて後ろ手に回した手で尻尾を掴んで大人しくさせた。
その様子を口元をピクつかせながら見ている雪子学校長に、少し苛立ちを覚えたものの、気を抜くとまた尻尾が大騒ぎしそうだったので、深く息を吐き出して堪えることにする。
すると、僕をじらすのを堪能し終えたのか、雪子学校長は笑みを消して、真面目な表情を作った。
「狐といえば、どんなイメージがある?」
「イメージですか?」
「そう、例えば、狸と狐……」
そう言われて最初に思い描いたのは、教師生活の前にお世話になった赤と緑のアレだが、雪子学校長が言うのは間違いなくそれではないと思う。
と、すると……と考えた時、頭に『化かす動物』というイメージが浮かんだ。
「思い当たったようだね」
「え、えーと……その、化かす動物……ですか?」
雪子学校長に対して、半信半疑で浮かんだイメージを口にする。
すると「その通り」と頷いて貰えたことで、僕は心の底から安堵した。
「よかったぁ」
無意識に漏らした言葉が何故か無性に恥ずかしくて、僕は慌てて口を塞ぐように両手を口の上で重ねる。
冷静に考えれば、体が変わっているのだから当然だというのに、無意識に漏れる声がいつもより高かったことが、妙に恥ずかしかった。
そんな自分自身の感情を持て余して戸惑っている僕を放置して、雪子学校長は自分のペースで説明を始めてしまう。
「その耳や尻尾を消すことは出来るみたいだよ」
「えっ!?」
思わず光明が差した気がして、それまでの戸惑いを一気に放り投げた僕の表情は一瞬で輝いた。
もちろん、自分のmで見たわけではなく、そう感じただけだけど、それでもはっきりと断言できるほど晴れやかな表情を浮かべた自身がある。
が、問題は、僕の感情に反応するのが、現状では表情だけではないことだ。
ブンブンと、尻尾がご主人様を帰宅を察知して喜ぶ犬の如く大きく動き出す。
尻尾が動くせいで、ワンピースの裾は完全にめくれ上がり、下半身に山奥のせいで少しひんやりした空気が触れてきた。
慌てる程、雪子学校長に笑われて、恥ずかしい思いをするので、努めて無表情にワンピースの裾を押さえつける。
未だバタバタと暴れていて、ワンピースの裾は落ち着きなく揺れているが、僕は気にせず……いや、気にしないと自分に言い聞かせるように頭の中で繰り返しつつ、雪子学校長に視線を向けた。
「そ、それで、どうやって消すんですか?」
別段下着が見えようが、僕としてはそんなに恥ずかしく……いや、凄く恥ずかしい気がしてきたので、この尻尾を消せる術があるなら、すぐにでも知りたいという気持ちを雪子学校長に向ける視線に込める。
「か、簡単な話だよ」
何故か一瞬言葉を詰まらせた雪子学校長だったが、一度話し出すとそのしゃべりはスムーズだった。
「狐の能力を使うんだよ……つまり化けるんだ」
「化ける?」
「簡潔に言えば、普通の人間に変化するってことだね。尻尾を無くして、耳も普通の人間の耳にかえる」
雪子学校長言葉に「なるほど」と頷いた僕だけど、内心では『化ける』ということ、そして何より化けられるということに、つい好奇心を向けてしまう。
直後、押さえ込んでいた尻尾が暴発でもしたように一気に暴れ出した。
「うわああ」
流石に堪えきれず蹈鞴を踏んで、バランスを崩した僕は、そのまま床に転がりそうになる。
間一髪のところでそんな僕を抱きしめて支えてくれたのは花子さんだった。
「耳はともかく、尻尾は早く消せるようにならないとですね」
耳の傍で聞こえる花子さんの声で、体が震えたのを自覚しながら、僕は耳もどうにかしなければと、強く意識する。
このまま尻尾と耳だけで一日振り回されて終わることになりかねないのだと思うと、習得に対する意識と熱は自然と強まった。




