玖之肆拾肆 出所
「もともと……ですか?」
私の疑問に対して、志緒さんは大きく頷いてから「猫さんの動きやぬいぐるみの家族のイメージと、それを元にぬいぐるみを動かすプログラムがヴァイアにあったかも知れないって事」と真面目な顔で言い切った。
「確かに、元からプログラムがあって、それを実行しただけだから、すぐにぬいぐるみ達が動き出したっていうのは筋が通っている気がします」
私は志緒さんにそう返した上で「ただ」と続ける。
「最初からっていうところが気になりますね。用意してあった可能性はあるかも知れませんけど、誰が用意したのか……」
と、私が言ってる途中で、志緒さんが私を指さした。
「え?」
「リンちゃんの考えがインストールされてたんじゃないかって思ったんだよね」
志緒さんの発言に私は思わず瞬きをしてしまう。
すると、那美さんが「ぬいぐるみが動いたらこうかなぁっていうリンちゃんのイメージが入ってたって事かしらぁ」と言い出した。
「はい!?」
驚く私に対して、志緒さんは「そういう事! きっと、普段から想像していたから、それが『シャー君』達にもインストールされてたんじゃないかな!」と満足げに頷く。
二人の意見が、クロロンやラビちゃんたちの動きを空想していたような方向で一致していることに慌てた私は「ちょ、ちょっと待って!」とストップを掛けた。
二人が私を見て不思議そうな顔をする。
それでも私はぬいぐるみ達の動きが私の空想だと思われるのは恥ずかしくてたまらないので、必死に頭を回転させて組み上げた予測を口にした。
「二人のイメージを受信したのかも知れないでしょう?」
私がそう口にした直後、志緒さんも那美さんも動きをピタリと止める。
目をパチクリと瞬かせてる二人を見て、慌てて組み立てた割りには、予測が思いの外効果的だった事には予想外だったものの、私にはチャンスの到来を確信するものだった。
ここがそうだとばかりに言葉を重ねる。
「私のイメージよりも、クロロンは那美さんの、ラビちゃんたちは志緒さんの子なんだから、こういう風に動いたら良いなって言うイメージ、遊んだ記憶が明確なんじゃないかな? 私よりも!」
やや語尾が強くなってしまったが、那美さんはそこに触れることなく「確かにぃ、クロロンが普通の猫さんみたいに動いたら良いなぁって思ってたかもぉ」と通焼いた。
続いて、志緒さんが「私もラビちゃんやラビちゃんパパ、ラビちゃんママの日常を想像してた……というか、遊んでた」と口にする。
二人が自分の中の心当たりに思い至ったタイミングで私は言葉を重ねた。
「そのイメージが元になっているから、動き出すまでの時間がかからなかったんじゃないかな?」
「私たちそれぞれがぁ、持っているクロロンの動きのイメージを『リンリン』が再現してくれたってことねぇ」
そう口にした那美さんは、意見を聞くためにか、志緒さんに視線を向ける。
視線を向けられた志緒さんは「確かに、なっちゃんや私の方が、この子達に会ったばっかりのリンちゃんより、動きのイメージはしっかりしてるよね」と小刻みに頷きを繰り返した。
「実際、動きはイメージに近いんじゃない?」
私の更なる問い掛けに、那美さんも志緒さんも頷く。
その瞬間、私がぬいぐるみの動きを考えたという予測は、二人のイメージで動いているに上書きされたことを確信した。
「でも、そうなると、言葉にしていないことも『シャー君』達は受信できるってことだよね」
ラビちゃん一家と『シャー君』の間で視線を動かしながら、志緒さんはそう呟いた。
その発言に疑問を覚えたが、私より先に那美さんが質問してくれる。
「なにかぁ、おかしいのぉ?」
首を傾げる那美さんに対して、志緒さんは深く頷いた。
その後で、志緒さんは「あーー」と口にしながら額に手を当てる。
想像していなかったリアクションに、どうしたんだろうと注目していると、志緒さんは苦笑気味に話し始めた。
「なっちゃん。普通は言葉にしないと考えていることは伝わらないんだよ」
志緒さんがそう口にしたことで、那美さんがどの程度かはわからないけど、人の考えが読めることを思い出す。
すると那美さんは「それくらいはわかっているわぁ」と頬を膨らませた。
志緒さんは那美さんに両手を合わせて「ごめんね。てっきり、そこがなっちゃんの疑問点の元かと思って」と謝罪する。
似たようなことを思ったというか、そういう事かと思ってしまった私も謝った方がいい気はするけど、話の流れがまた脱線しかねないので、敢えて黙ることにした。
すると、那美さんは膨らませた頬から空気を抜いて「それで、何がおかしいのぉ?」と改めて聞き直す。
志緒さんは「誤解を生まないようにちゃんと最初から話すね」と返してから、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「まず、私がリンちゃんに右手を挙げて欲しいとするよね」
「「うん」」
私と那美さんの声がハモる。
「でも、私がリンちゃんに『手を挙げて』としか言わなかったらどうする?」
志緒さんにそう尋ねられたことで、私は思わず「ああ!」と声を上げてしまった。




