玖之肆拾壱 睡眠学習
「本当にごめんね。リンちゃんに、そんなに気を遣わせちゃって」
那美さんはそう言って深々と頭を下げた。
「い、いえ、その、私が勝手にしたことだから!」
私がそう言って首を振ると、那美さんは困り顔を見せる。
オロオロとしながら私たちのやりとりを見ていた志緒さんに、那美さんは視線を向けてから大きく溜め息を履き出した。
それから那美さんは、私たちを順番に見る。
「リンちゃん、しーちゃん……この際だからはっきり言うけど、別に月子先生が嫌いとかじゃなから……その、助けを借りることも嫌とかじゃないの」
那美さんから覗うような視線を向けられる度に、私と志緒さんは頷きで応えた。
「何というか、リンちゃんと中が良さそうなのが、ちょっと、面白くないというか……」
唇を尖らせながら視線を彷徨わせてぼそぼそ話し那美さんを見ていると、頬が熱くなってくる。
いじらしいというか、可愛いというか、そういう微笑ましい気持ちと一緒に、自分と月子先生が原因という辺りがもの凄くくすぐったくて恥ずかしかった。
結果、リアクションがとれなかった私と違って、志緒さんは「うん、わかる」と那美さんに向かって深く頷く。
それから私に視線を向けて、志緒さんは「なんだか、月子先生と話してる時は、他の人と話してる時と違って、凄く気を許してる感じがするんだよね~」とジト目を向けてきた。
けど、私はそんな意識がなかったので「そんなことないでしょ!」と強めに言い返す。
が、結局、二人同時に声を揃えて「「あるから!!」」と返されることになってしまった。
別に意識はしてなかったけど、二人に気を許しているのは何故だろうと考えた結果、私が辿り着いた答えが『以前からの知り合いだから』だった。
思えば、ここで共同生活をしているとは言え、出会ってからあまり経っていない。
一方で月子先生との付き合いは、既に四年以上だ。
ただの赴任ならともかく、こんな想像もしていなかった状況に陥ってしまい、自覚していない部分で不安を感じ、これまでの付き合いがある分、月子先生に気を許しているように見えるのかも知れない。
流石にそのままは伝えられないので、新しい環境の中で、月子先生は以前からの知り合いだから、少し違うのかも知れないと要約して伝えることにした。
そんな私なりのまとめに、志緒さんは私の説明に「なるほどね……転校前から知り合いだったんだね」と何度も頷いた。
一方那美さんは「新しい環境はぁ~不安も感じるよねぇ」と私の頭を撫でている。
少し恥ずかしいので、本当はやめて欲しかったのだけど、実は既に抱き付きを一度回避してしまった後なので、那美さんが悲しそうな表情を見せそうで受入れざるを得なかった。
那美さんに続いて、志緒さんの頭を撫でられたせいで、少し乱れた髪を整え終えた私は「ところで、これの件なんですが……」と話を切り出した。
手元には月子先生提供の資料がある。
那美さんは記事に書かれた商品名を「『睡眠学習装置』かぁ」と、いつもの口調で読み上げた。
記事をチラリと確認してから志緒さんは、私に「この記事をくれた月子先生はなんて言ってたの?」と尋ねる。
私は状況を思い返しつつ「えーと、これを採用しなさいって事じゃなくて、参考にならないかと思ってくれた……みたいな感じかな」と応えた。
そもそもこれを二人に見せるかどうかも私に一任していたので、採用されるかどうかは気にしてなかったと思う。
どちらかと言えば、この記事を切っ掛けに発想を広げて欲しいといった感じに思えた。
なので、この私の印象も合わせて二人に伝える。
すると志緒さんが「この記事を採用しなくても良いって言うのは、この方法が最適じゃない……からだよね?」と困り顔を見せた。
「私も気になったんで、少し調べたんですけど……睡眠学習で効果が出る仕組みとしては、勉強した内容を、寝ている間に反復……つまり復習として聞くことで、脳に記憶として定着させるってことみたいなんですよ」
私の説明に頷いた那美さんが「リンちゃんの調べてくれた内容から考えるとぉ。一度、録画を見てから、この装置で睡眠学習をする形になるわねぇ」と溜め息交じりに頬に手を当てる。
すると、記事に触れながら志緒さんが「これは寝てる間に音声で睡眠学習をする仕組みだけど、音声だけ聞いて、効果があるのかな?」と首を傾げた。
「……んー、やってみないとですけど、難しいと思います」
私の応えに「私もそう思うよ」と志緒さんも頷く。
「じゃあ~、こっちはぁどう~?」
そう言って那美さんが指さした記事は更にうさんくさかった。
無数のコードが突き刺さったヘルメットタイプの装置で、電磁波を利用して脳に情報を直接書き込むらしい。
ちなみに、商品ではなく将来の展望のようで、イラストで描かれた図解だけで写真の類いは掲載されていなかった。
「これは、もう、未来の学習はこうなるみたいな予測というか、空想記事ですよね」
困り顔のままで「そうねぇ」と口にした那美さんに、私は「じゃあ」と口にしてから無理じゃないかという気持ちを込めて首を左右に振る。
那美さんも私の返しをある程度予測していたのか、表情を変えることなく「そうよねぇ」と呟いた。




