玖之参拾玖 決着
「指示が必要なのは課題だけど、分身を動かすことは出来るようね」
熱くなった頬の熱を誤魔化そうと、私は必要以上に大きく頷いた。
顔の上下で、熱が気持ち冷めた気がしなくもない。
「そこを、ヴァイアの人工知能で疑似京一君を作り出して、自動対応しようというのが、私のアイデアだ」
改めて考えを示してくれた月子先生に、頷きつつ改めて分身を見た。
その顔を見ていると、気になることが浮かんでくる。
「『オリジン』分身の体でしゃべることは出来る?」
私のオーダーに対して、ピッと電子音がしただけで、そこからは沈黙状態になってしまった。
「あ、あれ、壊れちゃったんでしょうか!?」
慌てて月子先生に振り返る。
月子先生は「試行中だとおもうが……」と腕組みをしながら、こちらに視線を向けてきた。
「それよりも君は自分の考えに注意したまえ……その『壊れている』という部分をヴァイア達が取り込んでしまったらどうするんだ」
考えるまでもなくダメだと断言できる指摘に、私は「うっ」と言葉に詰まる。
すると月子先生は表情を和らげて「分かってくれれば良い、咄嗟に思ってしまうのは仕方ないが、慎重にね」と笑った。
その笑顔にホッとしながら、私は「気をつけます」と頷きで応える。
丁度、その直後に『オリジン』が電子音を立てた。
「お、試行が終わったかな?」
そう言いながら『オリジン』を見た月子先生に続いて、私も視線を向ける。
まるで困惑しているかのように点滅させていた電源ボタンに埋め込まれたLEDが、点灯状態で固定された。
『システムの更新を行いました。以降、回答を分身体の発声機構を利用しますか?』
「え、えーと?」
答えに困って視線を向けた月子先生は、平然とした態度で「分身体とヴァイアの切り替えは可能かな?」と尋ねる。
『切り替えは可能です。但し、回答途中での変更は障害が発生する可能性があります』
「では、分身体から回答する場合は『林田先生』、ヴァイアから回答する場合は『オリジン』という呼称に対応して、自動で振り分けることは可能かな?」
月子先生の言葉に、ピッと電子音を立てた後、またも忙しなく電源ボタンのLEDが点滅を開始した。
が、今度はすぐに点滅は終わる。
『設定を変更しました。以降のオーダーに対して、呼称による自動振り分けが適応されます』
月子先生は『オリジン』の答えに軽く頷くと、京一姿の分身に視線を向けた。
「『林田先生』自分の身長を教えて欲しい」
すると『オリジン』から放たれたピッという電子音が響いた後に、ゆっくりと京一姿の分身の口が動き出す。
「全高25.3cmです」
京一の口から出た言葉に、目が点になったが、月子先生は予想していたのか『オリジン』に問いかけた。
「自分や君、あなたといった二人称代名詞に対して、回答の自動振り分けに合わせて、対象を自己認識することは可能かな?」
「……やはり、そう簡単にはいかないね」
月子先生はそう言いながら頭を掻いた。
呼びかけた名前に応じて、分身とヴァイアがそれぞれ答える実験は上手くいっていたと思う。
『林田先生』と呼びかけて『君』は誰か問えば、ちゃんと京一姿の分身が『林田先生』と答えを返したし、『オリジン』ならシャー君姿のヴァイアが『オリジン』ですと答えた。
もちろんテストでは何の問題もないし、意図したとおりになっているが、実戦投入できるかというと、否と言わざるを得ない。
呼称を認識し、二人称の対象が『自分』であるという認識を進めたことで、身長を問われた『林田先生』はちゃんと170ちょっと……な、元私の身長を答えるようになった。
短時間にしてはかなりの進化だとは思うが、それでも私や月子先生の代わりとしての投入は難しい。
確かに、私の記憶を元に人工知能が『林田京一』を学習すれば、100%に近い私の試行を再現できるかも知れないのだが、それがクリアできたとしても根本的な問題が鎮座していた。
私の出現させたヴァイア『オリジン』の人工知能は、世界でもトップレベルの可能性を秘めている。
下手をすれば、人間など軽く越えてしまう程の思考力を有しているのかも知れないが、その根本は機械なのだ。
つまり、根本的な問題とは、機械であること、即ち、自己判断で行動を起こせない点である。
定められた呼称を呼んで、オーダーをすることで、初めて行動を起こすという基礎のプロセスでは、人間を模倣できても、人間と入れ替われないのだ。
既にテストの中で、私と月子先生が会話し、その中に『林田先生』や『オリジン』の呼称を混ぜ、オーダーを実行させることには成功しているが、トリガーが必須なことに変わりはない。
会話の流れから、話の全体像の把握は出来ているのに、名前を呼ばれないと、会話に参入したり、会話内容に則った行動を起こせないのだ。
呼びかけが無くても、自己判断で行動を起こせればいいのだが、それが何より難しい。
流石の月子先生も、保留した方が良いと判断して、私はそれに同意したのだった。




