玖之参拾伍 アイデア
「『オリジン』再現を頼む」
月子先生の指示に、ピッと電子音を立てた『オリジン』は『了解したしました。月子様』と受理の言葉を返した。
何が起こるのかと見ていると、私の目の前で、出現させたばかりのぬいぐるみが動き出す。
「え?」
猫のぬいぐるみは、四本の足で立ち上がり、まるで本物の猫のような動きで数歩歩くと、その場で丸まった。
三匹のウサギの方は、それぞれが細かい動きを見せている。
着ている服と細かなサイズの違いからお父さん、お母さん、娘の組み合わせだと思われる三匹は、仲睦まじく話をしているようだ。
「これ……」
「『オリジン』のログによると、先に那美君が『リンリン』に猫の『ニャーゴ』を本物みたいに動かしてみてとオーダーしたらしいね」
月子先生はそう言いながら、手元に持つタブレットを操作している。
タブレットは既に『オリジン』とリンクしていて、現状の動作状況や過去の出来事を確認できるようにしてあるそうだ。
「次いで、それを見た志緒君が『シャー君』に『ラビちゃん』達家族を動かしてとオーダーした……それにしても、君がこの四体を出現させてくれたお陰で、完璧な再現検証が出来たよ」
「……月子先生。でも、これ、異常なことです……よね?」
私の問い掛けに、月子先生はフッと吹き出してから「まあ、普通では考えられないね」と苦笑気味に頷く。
「ぬいぐるみもそうだが、照明でも本来存在していない動作を、君の生み出したヴァイアは、オーダーに応えて実現してしまっている……どの程度まで可能で、どの程度が無理なのかはわからないが、最早願いを叶える奇跡の存在と言っても過言じゃない」
「き、奇跡!?」
思わず声が裏返ってしまったが、冷静に考えると、決して大袈裟ではないなと思えてしまった。
照明の明るさを調整したり、遠隔で消灯、点灯が出来たりはそれほど珍しくは無いとはいえ、それはそういう照明器具だから出来ることで、機能もないのに出来てしまうのはおかしい。
動くぬいぐるみのような商品もあるが、それが動くのは、ちゃんと内部に体を動かせる機械類が内蔵されているからこそだ。
どちらの件でも、その肝心な機能がないのに、オーダーを受けたヴァイアは応えてしまったのである。
「……たしかに、そうかもしれませんね」
諦め似た気持ちでそう言うと、月子先生は「そうだろう」と頷いた。
「さて、一つ、私にアイデアがあるんだが、聞くかな?」
唐突に切り出してきた月子先生に、私の頭には無数の疑問符が浮かんだ。
私の反応が鈍かったからか、月子先生は更に「ん? 気にならないのかい?」と言葉を重ねてくる。
そこまで言われると、どうしても好奇心が刺激されて、ついつい「気になります」と答えてしまった。
直後に月子先生を見れば、当然というべきか、満面の笑みを向けられてしまう。
もの凄く屈辱を感じるけども、そのままでは状況が動かないと思って「アイデア、聞かせてください」と頭を下げた。
すると、月子先生は右手の親指と小指以外の三本の指を立てる。
「ん?」
私が疑問の声を上げると、月子先生は「まず、記憶の保存、データ化」と言いつつ、薬指を折った。
「次に、君の作り出したヴァイアの高性能人工知能」
中指を折りつつ、月子先生は「最後に」と口にしながら私を見る。
「ぬいぐるみを動かした能力、これらを組み合わせてみたらどうかと思うんだが」
そう話を振られた私は早速考えてみることにした。
まず最初に、アイデアを構成するものとして、月子先生は『記憶の保存』を上げている。
奇跡とまで表したヴァイアではなく、記憶の保存が最初だったのは、そこに明確な意図があるからだ。
次に、ヴァイアの『人工知能』を上げている。
一号機である『オリジン』の思考力や対応力は、多分人間と変わらない筈だ。
ひょっとしたら上回っているかも知れない。
そして、最後のピースがぬいぐるみを動かした能力……志緒さんと見せた電子機器を操作する能力などもあるのに、わざわざ拾い上げたのは、そこに意味があるからだ。
そう思って私は頭の中で組み上げたピースが、どんな形になるのを考えた結果、一つの答えに辿り着く。
「……まさか、林田京一を作る……?」
口にした言葉を私自身が信じられずに疑問符がついてしまった。
だが、月子先生は「できそうだとおもわないかい?」と微笑む。
「君の記憶を元に、君の出現させたヴァイアに学習させる。林田京一の人格を造り上げることは出来ないだろうが、遭遇したケースに対して林田京一ならどういう判断を下すかは、計算できるはずだ」
確信に満ちた月子先生の言葉に私は頷いた上で、その先を言葉にした。
「ぬいぐるみ……分身をその学習した『ヴァイア』に操って貰うんです……ね」
月子先生は「私の演技よりも本物に近い、林田先生の復活というわけだね」と口にして頷く。
私は少し考えてから「そんなに上手くいきますかね」と返してしまった。
すると、月子先生はすぐに「私の私見だが」と切り出す。
何を言うのだろうと注目すると、月子先生は「君が分身を操るよりも、成功する可能性は高いと思うよ」と断言した。




