玖之参拾 連携
「その……つい」
「……まあ、いいですけど……」
なんだか所在なさげに言う志緒さんが可哀想に見えて、私はそう返してしまった。
すると、志緒さんは何故か「じゃ、遠慮なく!」と言い出す。
「は?」
意味がわからず、驚きの声を上げた私の頬に、志緒さんの指が沈み込んだ。
「柔らかい~~すっごいぷにぷにしてる! これ……シャー君の体をリンちゃんのほっぺたに出来ないかな!?」
私をキラキラした目で見ながらそんなことを言う志緒さんに、那美さんも「あ、いいなぁ、そしたら私も欲しいかもぉ」と言い出す。
「志緒さんはともかく、那美さんもですか!?」
思わず思ったままを口走ってしまった私に、那美さんは平然と「できればぁ~~銀色の狐ちゃんがいいかなぁ」と言いだした。
「ぎ、銀色の狐って……」
何を言い出すのかという思いを込めて那美さんを見たのに、本人は笑顔で「もちろん、狐さんのリンちゃんがモデルの子よぉ」と勘違いしようのない情報を付け加えてくる。
狐の姿とはいえ、私がモデルなんてもの凄く恥ずかしくて、体が火を吐きそうなくらい熱くなった。
だが、恐ろしいことに、那美さんの考えはそれで終わりでは無かったのである。
「それでねぇ」
那美さんの声に思わず体が強張った。
「声はリンちゃんの声にして貰うのぉ」
どんな言葉が来ても大丈夫なように身構えていたのに、思わず「えぇっ!?」と声が出てしまう。
そんな私と違って、志緒さんは「な、なにそれ、なっちゃん!」と食いついた。
那美さんは自分を両手で捕まえて揺すぶってくる志緒さんに丁寧に返す。
「狐さん姿のリンちゃんをモデルにした『シャー君』みたいな可愛い外見に、リンちゃんの声で答えてくれる子よ!」
志緒さんは「欲しい」とポソっと呟いた。
その後で志緒さんは「でも……私はもうシャー君を出して貰っちゃったし……」と私とシャー君を交互に見る。
那美さんはそんな志緒さんに「大丈夫、リンちゃんの方は私が出して貰う……そうしたら、この部屋に二つ揃うでしょう~」と微笑みかけた。
「で、でも、部屋に二つなんて……」
「検証だよぉ、比べるためにはぁ~」
「に、二個は最低いるね!」
「でしょう~?」
二人で勝手に話を進めた後で、同時に視線がこちらに向く。
期待の籠もった二人の視線に対して、私はストレートに拒否することが出来ず、曖昧な答えを返してしまった。
「さ、流石に設計図がないと、作れませんよ!」
これで諦めてくれるだろうと思ったのだが、どうも私の考えは甘かったらしい。
「なるほど」
志緒さんはそう口にすると、腕組みをして何かを考え始めた。
そして、それほどの時間を空けることなく、志緒さんは行動を開始する。
「シャー君」
既に起動している『シャー君一号機』の方が『はい。志緒様』と返事を返した。
反応を確認した志緒さんは次の指示を飛ばす。
「レコーダーで私の思い描いたイメージを録画して」
志緒さんの指示に対して、シャー君はしばらく沈黙した後で『録画を開始します、レコーダーに触れてください』と返した。
指示に従って、志緒さんがレコーダーに触れると、それを認識したのであろうシャー君が『録画を開始します』と宣言する。
直後、駆動音と共に、レコーダーの正面部分に、録画中を示す赤いランプが点灯した。
どうなるんだろうと様子を覗っていると、しばらくデッキに手を置いていた志緒さんが「シャー君、録画を止めて」と指示を出した。
『はい。志緒様』
志緒さんの指示にシャー君が返事をした直後、録画状態を示す赤いランプが消えて、駆動音が止まる。
「シャー君、今録画した映像を再生して」
志緒さんは指示を出すなり、レコーダーに接続されたパソコン画面に視線を移した。
『はい。志緒様』
シャー君の返事と共に、パソコン画面に映像が映し出されると、すぐに志緒さんが指示を出す。
「ここで止めて、画像をキャプチャーして」
『はい。志緒様』
志緒さんの指示にすぐに応答したシャー君だが、私には何をしているのか、朧気にしかわからないので、黙って見守ることにした。
「それじゃあ、プリントアウトしてくるね!」
言うなり、志緒さんは部屋を出て行ってしまった。
「スゴイ勢いねぇ~」
パタリとしまったヘアのドアを見て那美さんはそんな感想を漏らす。
志緒さんがシャー君と取り組んでいたのは、恐らく新たな『ヴァイア』の設計図作りだ。
頭に描いた設計図をレコーダーで記憶して、それを再生しながら一枚の画像に切り分けていく。
理屈だけなら単純な仕組みだけど、あっという間に組み合わせて使いこなしてしまった柔軟さは本当に凄いと思った。
ただ、それによって狐型の『ヴァイア』の設計図が出来てしまったのは、もの凄く複雑なのだが、出来てしまった以上出現させないわけにはいかないとは思う。
諦めが肝心だとは頭でわかっていても、槌踏ん切りがつかない自分が少し情けなかった。
そんな私を励ますように、那美さんがポンと私の肩を叩く。
「那美さん」
「大丈夫、すっごく可愛かったからぁ~!」
親指を立てて太鼓判を押してくれた那美さんだが、私は心の中で、違うそうじゃないとツッコんでいた。




