玖之弐拾陸 すれ違い
「『シャー君』あなたスゴイのねぇ」
那美さんのおおらかな感想に対して、シャー君は『恵まれているのは間違いありませんが、まだまだ伸びしろはあると自負しております。創造主凛華様が私を産みだしたことを誇れるよう、現状で妥協することなく、精進を重ねるつもりです』とスラスラと長文の答えを返していた。
「シャー君! もうそんなに長文を自分で構成できるの!?」
驚きの声を漏らした志緒さんに、シャー君は『先ほど、自己スペックを診断する際に、多くの情報をインポートし、より流ちょうな日本語の使用が出来るようアップデートさせていただきました』と返す。
とても信じられないような進化具合に、私には驚きしかなかった。
そんな私の横で、志緒さんはプルプルと震え出す。
どうしたんだろうと思う間もなく、志緒さんの情熱が噴き出した。
「違う! 違うの!」
「え!?」
私は志緒さんの様子に「ど、どうしたの?」と尋ねる。
「『シャー君』は一人称がおいらで、語尾は『シャー』なの!」
「………………」
一瞬頭が何を言っているか理解できず固まってしまったが、どうにか理解すると「あー」と声が出てしまった。
そんな私と違って、既に志緒さんの発言内容を解析した『シャー君』は、一瞬で適応してしまう。
「志緒様、了解したシャー。オイラの話し方がおかしかったら教えてくださいシャー」
流ちょうに語尾まで使いこなした『シャー君』に、私は思わず「わぁ」と感嘆の声を漏らしてしまった。
一方、志緒さんは腕組みをして、少し唸った後で口を開く。
「声はもっと高めで、男の子っぽい感じが良いかなぁ。あと、しゃべり方は今のところそれでいいけど、少しゆっくりにして!」
「志緒様、了解したシャー」
要望に対して、即座に対応する『シャー君』に感心していると、志緒さんがこっちへ視線を向けてきた。
そして、志緒さんは唐突に「ほら、ね」と言い放つ。
正直、何が『ほら』で『ね』なのかわからなくて、目を瞬かせることしか出来なかった。
そんな私の反応を見て、志緒さんは首を傾げる。
楽しげな志緒さんの表情が曇ってしまいそうなよくない気配を感じた私は、慎重に言葉を選びながら、今の心境を伝えることにした。
「えーと、その、こういうの全然詳しくなくて、志緒さんの言いたいことが、よくわからなくて……その、ごめんね」
私の返しに、一瞬だけど、志緒さんの表情が強張る。
言葉選びに失敗した。
そう思うとフォローの言葉を口にしなければと思うのに、言葉が上手く出てこない。
困った私に代わって、那美さんが間に入ってくれた。
「リンちゃんは嫌がってるわけじゃなくてぇ、しーちゃんが楽しそうに話してくれている内容をちゃんと知りたいからぁ、しーちゃんにちゃんと説明して欲しいんだよぉ」
「……でも」
「リンちゃんの『ごめんね』は、わからなくてぇ~って意味の方だよぉ」
那美さんの言葉に、志緒さんはバッとスゴイ勢いで私に視線を向けてくる。
縋るような目に、私は那美さんの言葉を肯定するために大きく頷いた。
志緒さんは目を潤ませながら「そっかぁ」と口にして、大きく息を吐き出す。
それだけで、志緒さんの中にとても大きな不安があったんだとわかってしまった。
那美さんの言葉から推測すれば、志緒さんは私の『ゴメン』を拒絶の言葉と受け止めてしまっていたのかも知れない。
推測でしかないけど、過去に『ゴメン』と言われて拒絶されてしまったのだろうと思った。
志緒さんの年代の女の子だと、機械に興味がある子は少ないと思うし、志緒さんの没入ぶりを見ると拒否感を抱いてしまう子がいてもおかしくはない。
私なりに気を遣ったつもりだったけど、志緒さんのトラウマを刺激してしまっていたのかも知れないと思うと、反省点ばっかりで自分が嫌になった。
「二人とも、言葉が足りないのぉ~!」
那美さんの言葉に、私敏夫さんは同時に飛び上がった。
声が大きかったというのもあるけど、何よりも、言われて記憶を辿れば、思い当たる節ばかりで、言葉が胸に突き刺さったのが大きい。
「雪ちゃん先生も言ってるでしょ、主語は大事なんだよぉ!」
「はぁい」
「うん」
私と志緒さんの返事に、那美さんは「よろしぃ」と満足そうに頷いた。
折角那美さんがこうして仕切り直しをしてくれたので、私は志緒さんに改めて話しかける。
「本当は何でも知っていて、志緒さんの言葉も簡単に理解できる私でいたかったんだけど、知識が足りなくてむりだったみたい……志緒さんがさっき言ってた『ほら、ね』って、確認できたでしょうって意味だとは思うんだけど、何が実証されたか、説明して貰っても良い?」
できるだけ丁寧に言葉を省略せず口にしたせいで、少し長ったらしくなってしまった。
けど、志緒さんは嫌そうな顔をするのではなく、真顔で「そっか、説明足りなかったんだね」としきりに頷いてから私を見る。
「えっと、簡単に言うと、私の言葉に応じて、すぐに語尾を変更したり、声の高さを変えるのって、それ専用に開発されたソフトやアプリじゃないと凄く難しいことなのね」
「う、うん」
「でも即座に対応するぐらい『シャー君』はもの凄い演算能力を持っている……地球一っていうのも、あながちありえなくはないでしょ?って……感じかな」
なんだか恥ずかしそうに言った志緒さんの言葉に、私は大きく頷きながら「そういう事だったんだぁ」と心の底から思えた。




