弐之壱 『神格姿』獲得
直前まではあれほど落ち着いていたのに、黒い鳥居の前に立った瞬間、急に心臓が暴れ出した。
自分が変わることもそうだが、得体の知れない『禍の種』との戦いも待ち受けていて、その戦いでは子供達を護らねばならないと、自分のすべきことを考えると、失敗出来ないという思いで緊張は増してくる。
けど、この先に進むこと、こども達を直接護ることを決めたのは誰だと自分に問えば、体の硬直はすぐに溶け出した。
女に変わると思うと、余計な好奇心があふれ出しそうなので、戒めの為にこども達を護る姿を手に入れると思考を切り替える。
そこから平常に調子か近づくのを待ってから、僕は雪子学校長を振り返った。
コクリと深く頷かれ、次いで僕は花子さんにも視線を向ける。
花子さんも叉、僕の視線が自分に向いたのに気付くと深く頷いた。
これで僕の行動は後は進むだけとなる。
行くしかないと、頭の中で自分には他の道はないんだと言い聞かせながら、僕はついに黒い鳥居に向かって最後の一歩を踏み出した。
目を開けると、視界の中に保健室の風景が見えた。
目の前には未だ巫女装束のままの花子さんが座っていて、その後ろに保健室の備品が見える。
どうやら僕は横向きに寝ていたらしいなと思いながら、下になっていた左肘で体を起こそうと力を込めると、上手くいかずにバランスを崩してしまった。
「うわぁ」
聞き慣れないやや高めの声が、自分から出たことに驚く僕の視界は、花子さんで塞がれる。
バランスを崩したせいで、ベッドから落ちそうだったところを助けてくれたんだろうけど、僕の顔は花子さんの胸に納まることになってしまい、驚きで「ふぇっ!?」と変な声が出てしまった。
すると、耳の直近で花子さんの声が響く。
「体に慣れていないのですから、急に動いてはいけませんよ」
「な、なんで、そんな耳の傍で……」
頬が火照るのを感じながら、慌てて花子さんに質問するのだけど、その声もいつもより高く聞こえて、それも恥ずかしかった。
「そうでした」
花子さんはそう言うとゆっくり離れていき、手に何かをのせて僕に見せてくる。
「え、これは?」
戸惑いながら質問する僕に返ってきたのは「貴女の髪の毛ですよ、紫ぽい銀髪ですね。とても綺麗です」という花子さんの言葉だった。
「か、髪!? 僕の!?」
慌てて髪を掴むと、少しひんやりとした感触が伝わってくる。
握ってみても髪を触られている感触はしないが、少し引っ張れば、頭皮が引っ張られる感触があった。
「髪の毛って触られる感触がないんだ……」
僕が実感のままにそう呟くと、花子さんは僕の頭を撫でながら「髪を伸ばしていないと気付かないことかも知れませんね」と花子さんにクスクスと笑われてしまう。
「……そ、その、恥ずかしいので頭を撫でないで貰って良いですか?」
正直に僕の気持ちを伝えると、またも耳の傍で囁かれてしまった。
「すみません、ずいぶんと可愛らしくなっているので、つい……」
熱気を帯びた吐息混じりの花子さんの声は、くすぐったくて仕方ない。
思わず「なんで耳元で囁くんですか!」と抗議をしてから耳に手を当てたことで、僕はとんでもないことに気が付いた。
耳を塞ぐという行動を起こした手の位置が、顔の横ではなく、頭の上にあったのである。
慌てて保健室内を見渡すと、丁度、鏡の取り付けられた洗面台が目に入った。
そして、鑑の中には、長い銀髪の女の子が写っていて、その子は頭に手を乗せている。
恐らくその女の子が僕なんだとは思うのだけど、問題はそこじゃなかった。
いや、十分問題なんだけど、それよりも何よりも手の下に隠れたモノが異常というか特殊すぎたのである。
恐る恐る降ろした手の下からぴょこんと立ち上がったのは、動物……それもイヌ科の動物の耳だった。
「何じゃこ……」
あと、一音、『りゃ』と発する前に固まってしまったのは、僕の驚きを全て吐き出す前に、鏡の中にふさふさが映り込んだからである。
どうみても狐か何かの尻尾にしか見えないふさふさは、僕の感情に沿うように直立した後でへなへなと力を失ってしおれた。
「狐人間とは、予想外の変化だったね」
雪子学校長は顔の上半分は深刻な表情を浮かべていたが、下半分、特に口元はピクピクと震えていた。
いかにも笑い出すのを我慢してますと言いたげな姿に、僕は思わず自分の視線を冷たくしてしまう。
そんな僕の冷たい視線に気付いた雪子学校長は、コホンと咳払いをしてから表情を引き締め直した。
「これからどうするかを考えねばならないね」
「……はい」
僕が頷くとそれに合わせて、足に冷たい風があたる。
思わず着ているワンピースの裾を押さえると、それを見た雪子学校長が吹き出した。
それに反応して暴れ出した尻尾を両腕を背中に回して、力で押し込める。
尻尾は僕が静まれと思う程に暴れるという暴挙をし続け、そのまましばらくワンピースの上から尻尾抑えることになってしまった。
 




