玖之弐拾参 溜め息
寝転んでみた結果、ベッドのマットの凄さを全身で実感することになった。
座った時でさえ、柔らかいだけじゃなく、包み込んでくれるような感触には驚いたのに、寝てみるとより包み込んでくれる感覚が強まって、安心感がもの凄い。
那美さんが自慢するだけあって、本来の方向ではない横向きに体を預けても、しっかりと包み込んでくれて、目を閉じれば、そのまま意識を手放してしまいそうな程、心地よかった。
「どう? リンちゃん」
声を掛けられたことで、どうにか目を開いて、手放しそうになっていた意識を無理矢理引き戻す。
そのまま横を向くと、目前の那美さんの顔が合って、思わずドキッとしてしまった。
「良いでしょう~この感触、いつまでも寝ていたくなっちゃうわぁ~~」
那美さんの口からそんなセリフを聞いて思い出したのは、始業式の日に見た今にも寝てしまいそうな那美さんの姿である。
これだけ眠れそうなら、夜も熟睡できそうなのにと思ってしまった。
すると、そんな私の考えを読み取ったかのような完璧なタイミングで那美さんは「確かに熟睡は出来るんだけど、二度寝、三度寝を誘ってくる悪魔の子でもあるのよぉ」と言う。
那美さんの言葉に、私はなるほどと思ってしまった。
「つまり……ぐっすり眠れるあまり、二度寝をしちゃう那美さんは、その途中で起きる時間になって、眠いと言うことですね?」
「そ……そんなこともあるかなぁ~」
わかりやすく目を逸らす那美さんの様子からして、図星だったらしい。
「……二度寝をしなければ……」
「わかってるけどぉ、そうなかなか上手くはいかないのよぉ~~」
両手で顔を覆って話球を左右に振る那美さんは「よよよよよ」と付け足した。
「何ですか、よよよって……あ、鳴き真似!」
単純にわからなくて聞いた者の途中で思い当たった私の発言に対して、那美さんはジト目を向けてくる。
「リンちゃん、ボケ殺しはよくないと思うなぁ」
「ご、ごめんなさい」
何故か私が謝る形で、謎のやりとりは決着した。
「あの、リンちゃん?」
何故か申し訳なさそうな声を志緒さんに掛けられて、私は慌てて体を起こした。
那美さんと一緒に横になっていたのを変に勘違いしてたらいけないと思ったのだけど、どうもそう感じではない。
志緒さんから、言いたいけど言えないことがあって、言い出せないような、そんな雰囲気を感じて、私は素直に尋ねてみることにした。
「何か、あった?」
私の質問に志緒さんはピクリと震わせる。
「えっと……」
志緒さんが言葉に詰まる姿に、なんとなく言いにくそうな理由がわかった気がした。
ちゃんとした確信が合ったわけじゃ無かったので、確認する意味でも尋ねてみる。
「もしかして、動きがおかしかったり、壊れたりしてた?」
目を輝かせて確認作業をしていた志緒さんが、申し訳なさそうに私に言い淀むとなるとその辺りが原因だろうと考えたのだけど、どうやら間違ってなかったようだ。
「えっと、音声認識が……」
「音声認識ですか?」
「うん。『ヴァイア』に呼びかけて、お願いを言うと、動作してくれる機能があるんだけど、上手く動いてないみたいなの……」
シュンとして肩を落としてしまった志緒さんから、より詳しく状況を聞くために「確認なんですけど、正しい動作はどんな感じになりますか?」と尋ねてみる。
「えーと、名前を呼んだ後で、例えば『今日のお天気は?』とか、『テレビ付けて』とか、言うと、それを『ヴァイア』が分析して、適した動作をしてくれるの」
「それが動いてないわけなんですね」
「ウン……何度か試したけど……そ、それでね、あの、リンちゃんの声にしか反応しないのかと思って……」
「あー、なるほど」
志緒さんの推測に頷いた私は、シャー君型の『ヴァイア』を見た。
音声認識機能は、出現させる前にざっと読んていたので、ちゃんと出現させられていたら、志緒さんが例えに出してくれたような動作はするはずなので、動かない理由として、私の声にしか反応しないというのはあり得ると思う。
「じゃあ、試してみますね」
「う、うん」
直前までシュンとしていた志緒さんの目に好奇心の光が戻ってきた。
志緒さんの私を見る目に力がこもったことで、妙に緊張してきたので「コホン」と一度咳払いをする。
「あー、あー」
なんだか声の確認をするのが恥ずかしいけども、志緒さんの注目を浴びてる状況で噛みたくないので、気持ちを整えるために、最後に深呼吸をして心を落ち着けた。
「いきます」
「うん」
「……『シャー君、今日の天気を教えて』」
私の声に反応して、ピッと『ヴァイア』が電子音を立てる。
『本日の緋馬織地方の天気は晴れ、最高気温は……』
「う、動いた、動いたよ、志緒さん!」
ちゃんと天気予報を伝えてくれている『ヴァイア』に、私はなんだかもの凄く感動してしまった。
けど、動いたことで盛り上がった私に対して、志緒さんは頭を抱えて俯いてしまう。
「えっ!?」
想像もしていなかった志緒さんのリアクションに、私は何が起きたのだろうと戸惑ってしまう。
そんな状況の仲で志緒さんが「あ~~~」と大きな溜め息と共にお腹の底から声を吐き出した。




