玖之弐拾壱 勢い
差し出されたお茶の入ったカップを、那美さんから受け取りながら私は「そうですね」と頷いた。
抱きしめたと思ったら頬ずりをしはじめ、今は持ち上げたり、下げたりしながら全体のフォルムを確認している志緒さんは、完全に自分の世界に没入してしまっている。
もの凄く嬉しそうに目をキラキラさせている志緒さんを見ていると、少しおこがましいなと思いながらも、出現させたことが誇らしく思えてくる程だった。
「満足したぁ?」
「……ゴメンなさい」
那美さんの問い掛けに、志緒さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
ただ、胸元には『シャー君型のアミダ・ヴァイア』が抱きしめられているので、少し微妙に思えてしまう。
まあ、那美さんも別段不快に思っていないようなので、私は話を切り替えることにした。
「とりあえず、検証しましょう? 動くかどうかも未だわからないわけですし!」
「そ、そうだね、電源は未だ入れてないもんね!」
私の言葉に即座に反応したのは、当然と言うべきか、志緒さんである。
自分の抱きしめていた『アミダ・ヴァイア』をテーブルに設置して、志緒さんは電源ケーブルを手に取った。
OAタップのコンセントにプラグを差す志緒さんに、那美さんが問い掛ける。
「そういえば、ヴァイアって言いにくいけどどういう意味なのぉ?」
それに対してピタリと手を止めた志緒さんが振り返って那美さんに答えた。
「簡単に言うと、頭文字を繋げた略称です。ヴァーチャル・アーティフィカル・インテリジェンス・アシスタント、それぞれの頭文字をとって『V・A・I・A』縮めてヴァイアですね」
スラスラと答える志緒さんだが、那美さんの方はといえば、目をしきりに瞬かせている。
「え、えーーと……ヴァーチャルとか、アシスタントとかは聞いた記憶があるけど……あーてぃ?」
「那美さん、アーティフィカル・インテリジェンスは『AI』の事ですよ」
「あ、えーあい……き、聞いた覚えが……ある?」
少し混乱気味なせいか、那美さんは自分の発言に対して首を捻った。
「ちゃんと、話してましたよ。そもそもAIの搭載されたリモコンを出そうって話ですから」
「そ、そっか、そうだねぇ、うん。そんな気がしてきた!」
まったくもって信用のおけない那美さんの返しに、どうしようかと、志緒さんに視線を向ける。
「ん?」
キラキラと好奇心に満ちた目を瞬かせる志緒さんに嫌な予感を覚えたが、タイミング的には手遅れだった。
「『アミダ』の方の由来ですか?」
「き……」
聞いてないと言いかけたが、それよりも志緒さんの説明の方が早い。
「これって、榊原グループの次世代電子演算器のプロジェクト名が由来なんですよ!」
「あ……うん」
「そのプロジェクトの中で生まれたサポートAIを家電レベルに調整したのが『アミダ・ヴァイア』シリーズなんだよ!」
鼻息が聞こえてきそうな程興奮気味に語る志緒さんに対して、私は「なるほどね」と頷くのが精一杯だった。
そんな不甲斐ない私に代わって、那美さんが「た、試しましょう、使ってみましょう、しーちゃん!」と声を掛ける。
すると、志緒さんはピクリと全身を震わせた後で、手にした電源プラグを見ながらその手を震わせ始めた。
「リ、リンちゃん!」
志緒さんの思考がまったく読めないせいで、返事が震えてしまう。
「……な、なに?」
「さ、挿しても良いかな?」
志緒さんの質問の意味がわからず「はい?」と聞き返してしまった。
すると、志緒さんは手にした電源プラグとコンセント穴を近づけながら「いい?」と聞き直してきた。
良いも何も、志緒山河やルモノだと思っていただけに、何で聞かれたのかがまったくわからなかったが、そこに触れるとまた話が長くなりそうだったので「もちろん」と笑顔で頷く。
志緒さんはそれに対して「ありがと!」と短く返すと、震える右手首を左手で掴みつつゆっくりとプラグを挿し入れていった。
何か私ではわからないような意味があるんだろうなと思いながら、志緒さんの様子を見ていると、期待と不安が混じったような複雑な眼差しがこちらを向く。
「えーと……どうしたの?」
申しお産の行動を理解したり予測したりは無理そうだと諦めてしまった私は、素直に尋ねることにした。
すると、志緒さんは「あの、その、お、おこがましいかなとは思っているの……」とモジモジし始める。
もう心の中は『なにがっ!?』と突っ込みたい気持ちで一杯だったが、堪えて那美さんに助けを求めてみた。
視線を向けると、那美さんは「うーん」と短く唸った後で、何か思い当たったらしく苦笑を浮かべる。
目配せで、那美さんに教えて欲しいと訴えると、どうやら上手く伝わったみたいで、軽く頷いてくれた。
「ひょっとしてだけどぉ~電源入れたいとかぁ?」
那美さんがそう口にした瞬間、もの凄い勢いで志緒さんが首を縦に振り始める。
止めないととれて飛んで行ってしまいそうな勢いだったので、慌てて志緒さんに「もちろん、入れて良いよ。むしろ家電に詳しい志緒さんがやるべきだと思う」と告げた。
すると、志緒さんは吃驚した表情で「いいの!? 初めてだよ? 初めての電源ONなんだよ!?」と密着しそうな程顔を近づけてくる。
あまりの必死さに気圧されながらも、私はどうにか「任せます」とだけ口にすることに成功した。




