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放課後カミカクシ  作者: 雨音静香
第壱章 教師赴任
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壱之弐拾参 黒い鳥居の前で

「考えた上で……ということだね?」

「はい。性別が変わることは確かに大きな事ですが、子供達を護りたいという思いが強いので、決意は揺るぎません」

 そう答えた僕の言葉にウソはなかった。

 ただ、少し女になるという事実に好奇心が強く刺激されていて、悲痛の決断というよりは、心から歓迎しているような側面がある。

 自分が何か別のモノに変容するということに、凄く興味が湧いているし、普通では絶対に味わうことのない出来事だという思いが、僕の背中を強く押していた。

「男に戻れないと、思った方が良いのだが……」

「わかっているつもりです」

 間を置かずに僕が返答したことで、雪子学校長も意思が変わらないと判断したのだと思う。

 雪子学校長は深く息を吐き出してから、真剣な眼差しを僕に向けてきた。

「……そこまで言うのなら、林田先生、決断を歓迎する。本当にありがとう」

 深く頭を下げる雪子学校長は、既に小学生の容姿に戻っているので、微妙に心が痛む。

 少し慌て気味に「気にしないでください。僕こそ、子供達を守れる術を得られて嬉しいんです」と僕の気持ちの7割を占める思いを伝えた。

 残り3割は自分が変化する事への好奇心やわくわく感なので、そこは一応隠しておくことにする。

 女になりたがってると思われるのが、少し気恥ずかしかったからだ。


「『神格姿』を得るといっても、それほど難しいことはない」

 先をあるく雪子学校長についてやってきたのは、例の地下一階だ。

 注連縄で囲まれた地下一階に足を踏み込むと、あの独特の気配に身が包まれる。

 僕は深呼吸で空気を大きく吸い込むと、人生で初めて、空気が清らかだと思ってしまった。

 場の雰囲気に呑まれている気もしなくはないけど、この場所が清らかな場所なんだと強く痛感する。

「林田先生がやることは単純だ。アチラ、神世界とこの世を繋ぐ黒い鳥居をくぐるだけだ」

 雪子学校長はそう言うと、フロアの奥に視線を向けた。

 そこには神社で見かける巫女装束、白い上位に緋色の袴姿の花子さんが立っていて、こども達が寝ていたベッドは片付けられ、フロアの橋に移動させられている。

 その代わりに、花子さんの背後には、神社などで祭事に使われる祭壇が組まれていた。

「アチラとこちらを繋ぐ黒い鳥居は『黒い』『境』で、『黒境(こっきょう)』と呼んでいる」

「コッキョウ……ですか……」

「もちろん国の境の『こっきょう』に掛けているわけだが、こちらから開くにはそれなりの儀式がいるんだよ」

 雪子学校長の言葉に合わせて、花子さんが綺麗なお辞儀をする。

 それから、花子さんは神事に用いられるいくつもの紙垂(しで)を束ねて作られた大幣(おおぬさ)を手に祭壇の前に立った。

 こちらに背を向ける形で祭壇の前に立った花子さんは、改めて深く頭を下げてから、大幣を振りながら何事か呪文のようなモノを口にし始める。

 それが、神事で用いられる神様に捧げる詞『祝詞(のりと)』なのか、お経に近いモノなのか、はたまた呪文かはわからないが、その効果は間違いなく確かなモノだった。

 ゆらりと祭壇の奥側の景色が揺れたかと思うと、ゆっくりと黒い鳥居が姿を見せ始める。

「アチラからこちらの門は、恐らく『禍の種』がこの世に影響を及ぼそうとするからか、自然と開かれる。『神格姿』を得るとその開かれる感覚を強く感じられるようになる」

 雪子学校長の言葉で、僕は子供達が一斉に反応した光景を思い出した。

「あの、今正確な時間はわかりませんが、子供達は寝ているんじゃないですか?」

 僕が何を言っているのか最初はわからない風だった雪子学校長だけど、『黒境』を出現させる行為が眠りを妨げたのではという僕の心配に気付いたらしく、すぐに苦笑を浮かべる。

「ああ、大丈夫。こちらから開く場合は、嫌な気配はしないから、影響はないよ」

「そうなんですか?」

「正確に言うと、かなり近くにいないと、『黒境』が開く気配は感じないんだよ」

 直前の言葉との矛盾に、どう返して良いかわからずに僕は「はぁ」と曖昧な返事をしてしまった。

 対して雪子学校長は気にした素振りも見せずに説明を続ける。

「遠く離れても感じるのは『禍の種』の放つ瘴気。気持ちが悪くなったり、体が冷えたり、息苦しくなるような気配なんだよ」

「世界が繋がることで、その瘴気が流れ出てくる感じ……ですか?」

「体感すれば、これかって思うと思うよ』

 僕の質問に雪子学校長は、頷きつつ視線を出現した黒い鳥居『黒境』に向けた。

「……引き返すなら今だよ」

 真剣な声音で雪子学校長がそう口にするので、僕は苦笑気味に答えを返す。

「正直、ちょっと自分の変化にもワクワクしてます」

「……わかった。手に入れてきな、あんた自身の『神格姿』」

 僕は雪子学校長に「はい」と返して、花子さんの方へと歩き出す。

 花子さんは僕に道を譲るように一歩下がりつつ、手の平を上に向けて黒い鳥居を指し示した。

 僕がそれに頷くと、花子さんも口を結んだまま頷き返してくれる。

 話してはいけない決まりでもあるんだろうなと考えながら、僕は普段の延長のような心持ちで祭壇を迂回して黒い鳥居の前に立った。

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