玖之壱 露出
「皆、よろしく、緋馬織月子だ!」
朝のホームルームに、パンツスタイルのスーツ姿で登場したのは、他ならぬ月子教授だった。
堂々とした態度で、チョークを握り、教室前方の黒板に名前を書いた月子教授は、パンパンと手を打ち合わせてチョークの粉を払う。
「教育委員会の都合で、林田先生がこの学校を離れている間、私が代理の教員を務めることになった」
ゆっくりとした足取りで私たちの机の周りを歩きながら言う月子教授に、皆は戸惑った表情を浮かべていた。
「ちなみに、私は雪子学校長、雪姉の妹で、花子の姉だ!」
明確な関係性が月子教授の口から成された瞬間、教室にどよめきが起こる。
見た目だけいえば、雪子学校長にそっくりなので、血の繋がりぐらいは感じていただろう皆も、流石に花子さんを含めてさん姉妹だとは思っていなかっただろうから、どよめくのも当然だ。
何しろ、今の月子教授は昨日私が見た子供姿なのである。
大人姿の雪子学校長と花子さんの間に、自分たちと変わらない見た目の月子教授が入るというのは、素直に受け止めるにはっそれなりに衝撃的だ。
何しろ、雪子学校長自体が特殊だというのは皆知っていることなので、その妹までが特殊というのはなかなか考え難いのだろう。
そんなことを思っていると、舞花さんが「あれ、リンちゃんは知ってたの!?」と尋ねてくる。
私は急に振られたこともあって「ま、まあ」と曖昧に頷いてしまった。
「え、なんで?」
好奇心のまま突き進んできた舞花さんにしまったと思う間もなく、皆の視線がこちらを向く。
更に、教壇に立つ月子教授はこちらを見ながら口元を隠していたが、完全に目が笑っていた。
間違いなく月子教授は状況を高みの見物をする気満々なので、助けは期待できないし、私の発言は那美さんも聞いているので、下手なウソをつくのも良くない。
返す言葉の方向性を決めた私は、ウソになら内容に気をつけながら、舞花さんへの返答を開始した。
「実は、皆より前に会ってるんです」
「そうだったんだ!」
舞花さんに頷きつつ「私は、未だアチラに慣れてないので、いろいろ教えてもらっているんです」と付け加える。
「私の能力を調べるのには、雪子学校長や花子さん寄りも月子教……先生の方が向いてるらしいんです」
私の説明に納得してくれたらしい舞花さんは「そっか!」と頷いて、席に座り直した。
とりあえず、問題なく説明を終えたと思い、私も座り直すと、面白くなさそうにこちらを見る月子教授と視線が合う。
それを切っ掛けに、月子教授は「既に凛花が説明してくれた通り、私は彼女の指導をメインにしているが……なにか、聞きたいことがあれば、雪姉や花子に接するのと同じように気軽に声を掛けてくれ」と宣言して話を締めた。
「リーンちゃん!」
「ひゃぁっ!」
思わず声が裏返ってしまったのは、トイレから出たタイミングで後ろから抱き付かれたからだ。
背中に感じる温もりと柔らかさに動揺しないように心掛けながら、抱き付いてきた相手に問い掛ける。
「何ですか、那美さん?」
「さっきの悲鳴は可愛かったのにぃ、今は可愛くない~」
可愛くないと言われても、私も驚かされているので、ニコニコで応対という気分ではないのだ。
そんな私の対応に対して那美さんは「リンちゃ~ん?」と言いながら、ふにふにと私の頬をつつく。
「つつかないでください」
「むぅ~~」
那美さんは不服そうな声を出すも、渋々と伝わるようなゆっくりした動きで私から離れていった。
密着状態から解放されたことで、私はホッと息をついたのだが、その気を緩める瞬間が狙われていたのである。
「リンちゃん、月子先生との研究って、私が関わっているよね?」
思わずドキッと胸が跳ねた。
それと同時に身体が一瞬強張ってしまい、那美さんへの反応に数瞬遅れる。
しまったと思った時には、既に手遅れだった。
「やっぱり」
「いや、あの……うー」
「もう誤魔化せないよぉ~」
ニコニコと笑って言う那美さんからは、決して逃がしてくれる気がないのが伝わってくる。
「……記憶、です」
「記憶?」
「那美さん……身体の時間を戻すせいで記憶が曖昧ですよね?」
私が上目遣いでそう尋ねると、那美さんは僅かに目を見開いた。
「未だ、実験も始めてないですけど、その……那美さんの記憶を何かに保存して、身体の時間を戻した後にその記憶を身体に戻せたら、記憶を保てるんじゃないかって……」
そこまで正直に話してから、もう一度、上目遣いで様子を確認する。
視界に映る那美さんは、口に拳を当て視線を下げて、何かを考える素振りを見せていた。
何を考えているのだろうと、様子を覗っていると、那美さんは視線を上げず床を見詰めたままで尋ねてくる。
「それは……いつ、できそうなの?」
どこか切羽詰まったように聞こえる問い掛けに、私は申し訳ない気持ちで「まだ、わかりません」と返した。
その答えに那美さんは「そう」と悲しそうな笑みを浮かべる。
私はその表情が切なくて、何かしら声を掛けたいと思ったのに、思い付くことが出来なくて、結局黙り込むことしか出来なかった。




