捌之弐拾肆 可能性の模索
「つまり、私が使っている外部記憶の術を、君の能力で再現できないかと考えている」
月子教授の言葉に、私は呆然としてしまった。
何しろ、視界を借りるという意識しかなかったところに、そこから数段は飛び上がったところにある使い道を示されたのである。
驚くなと言うのが無理な話だ。
けど、月子教授には別段突飛な発想ではなかったらしく、自分がその発想に至った過程を語り始める。
「まず、閃きの原点は、君のプロジェクターだ!」
私の出現させたプロジェクターの特殊機能と言えば、頭に描いたイメージを投影できることだ。
そして、頭に描いたイメージに含まれるもの……そう考えた私は「記憶」と一つの単語に辿り着く。
月子教授は、私の辿り着いた答えに「そう!」と興奮気味に肯定すると、嬉しそうに歯を見せた。
「今、花子に検証してもらっている映像保存が確立すれば、少なくとも視覚的な記憶の保存が可能になるわけだ」
続けて語られた言葉に、私は衝撃を受ける。
何しろ、今の今まで花子さんはほぼ趣味で検証していると思っていたので、正直、ちゃんとした研究だったのかと思うと、もの凄く申し訳ない気持ちになった。
そんなタイミングで、月子教授は全てを見透かした様な表情で「そんなに気に病むことはないぞ。何しろ、花子のプロジェクター研究への情熱は、半分以上趣味だ」と言い放つ。
私は月子教授の言葉に苦笑しながら「顔に出てましたか?」と尋ねてみた。
「顔どころか、肩を落としているように見えたよ」
月子教授の返しに、自分のわかりやすさを改めて実感して、少しへこむ。
そんな私に月子教授は「ほら、そんな辛気くさい顔をしない。未だ私の講義は途中だよ?」と笑みを浮かべた。
「ここから先は多分に予測……いや、願望に近いな……ともかく、実証できているわけではないが、記憶の保存が出来れば、それを逆に送信することが出来ると考えた」
月子教授の言葉に頷きつつ「視界情報の受信を反転させる……感じですか?」と問うた。
「イメージ的にはそうだね。実に単純ではあるが、受信が可能なら、送信も可能ではないかということだね」
「……確かに、そう言われると出来そうに思えます」
私の言葉に月子教授は笑顔で頷く。
「いいね。この記憶の外部保存に関しては、君が出現させる何らかの道具を使うことになるだろうからね。君が出来ると感じるのはとても重要だし、良い傾向だよ」
「わ、私が何かを出すんですか?」
「驚くことはないだろう? 全ての鍵は君が握っている。自分でも自分の能力の凄さはわかるだろう?」
そう尋ねられて、一瞬硬直してしまったが、しかし、月子教授の言うように、そういう実感は確かに私の中に存在していた。
認めるのが少し気後れするというか、自惚れているように思えて、かなり受入れ難い。
当然、そこもお見通しなのであろう月子教授は「別に気持ちを表明する必要はない。ただ、私はそう思ってるし、君もそれを否定する程自分の能力を過小評価していない事実があるというだけのことだよ」と言い切った。
「月子教授」
自分のことを月子教授が気遣ってくれるただそれだけのことに、感動で胸が熱くなる。
すると、月子教授は慌てた様子で「待て、待つんだ!」と声を張り上げた。
「え?」
意味がわからず、瞬きをすると、月子教授の表情が青ざめ始める。
「な、泣くな。泣くんじゃない。私は雪姉や花子と違って、そういうのは得意じゃないんだ!」
「ふぇ? 泣くぅ?」
慌てた月子教授の言葉で、心なしか声が震えていることに気付いた。
同時に、鼻が少しツンとしている気もする。
そう言えば視界も、少し歪んでいるし、確かに月子教授の言う通りなのかもしれないと思うと、ぶるっと身体が震えた。
「だから、待つんだ。ちょっと待て、泣くのは良くないぞ! いや、良くないわけではないか……だが、私が対応できないから、マズイわけで……」
目の前で月子教授がわたわたと動揺を色濃く見せ始めたからか、見ている側の私は急に冷静になる。
だが、自分が冷静になると、泣く寸前だったという事実が猛烈に恥ずかしくなってきて、思わず頭を抱えてしまった。
「お、お互い、なかったことにしよう」
「そう……ですね」
月子教授と頷き合った私は、お互いのために直前の出来事はなかったことにすることに決めた。
そして、月子教授は「……まあ、ともかくだ」と、仕切り直す。
「那美や彼女のような境遇の子が現れた場合に、記憶を維持できる手段の確立に希望が持てたと言うことだ」
「はい」
頷く私に月子教授も頷いてから、ニッと歯を出して笑った。
「便利そうなら私も愛用させてもらうよ」
そんな月子教授に、私は「まさか那美さんや教え子の私を、実験台にする気ですか?」とわざと尋ねてみる。
「那美はともかく、君は共同研究者だからね。お互いに被検体を頑張ろう」
月子教授の返しに、私は苦笑して、差し出された手を握り返した。
お互いに、那美さんのためにと思っているし、そんな彼女を実験台にするつもりはお互いにない。
交わした握手でその事を確認し合った私は、月子教授とわかり合えていることを嬉しく思った。




