捌之肆 耳
舞花さんはマイクを手に『それでは、これから鑑賞会を始めさせていただきます!』と宣言して頭を下げると、同時に拍手が上がった。
花子さんを含め、舞花さんと結花さん以外の全員が着席しているので、どういう仕組みになっているかはわからないけど、扇状に並ぶ席の中心、扇の要の位置に立つ双子には、しっかりとスポットライトが当たっている。
拍手が収まったところで、顔を上げた舞花さんは「えっと……」と口にしたところで動きを止めた。
何かあったのかと様子を覗っていると、結花さんがちょんちょんと舞花さんの肘を指でつつく。
「今日のお話の内容」
小声で囁いたように見えたのだけど、私の耳にはバッチリ聞こえてしまった。
次の瞬間、舞花さんの声が大音量で講堂中に響き渡る。
『リンちゃんにお耳がっ!!!!』
マイクとスピーカーを通して、増強された舞花さんの声の大きさに、思わず「わぁ」と声を上げて仰け反ってしまった。
キィィィンと耳鳴りしている耳を押さえながら「ま、舞花さん? 耳がどうしたの?」と叫んだ理由を問う。
『リンちゃんに耳があるのっ!」
「はい?」
舞花さんの言葉に、私が疑問符で頭を埋め尽くされたところで、結花さんが動いた。
「もの凄く声が大きくなってるから、マイクやめなさい」
結花さんの言葉に、舞花さんは要約自分が握りしめているものを思い出したようで「あっ」と声を漏らす。
舞花さんがマイクを降ろしたところで、私は「凛花さん」といつの間にか横に来ていた花子さんに肩を叩かれた。
「花子さん?」
思わず名前を呼ぶと、花子さんはニコニコしたまま私の目の前にスマホの画面を突きつけてくる。
「何ですか、花子さ……うぇっ!?」
映し出されていたのは椅子に座る私だったのだが、問題はその頭、立派な狐耳が出現していた。
私の動きに合わせてスマホの中の私も動いている以上、答えは一つだったが、一応確認してみる。
「えーと、リアルタイム映像ですよね?」
「カメラが捉えているものをそのまま映し出してますね」
私の質問の意図に、とても的確な答えが返ってきた。
さらに花子さんが、私に画面を見せたまま、スマホを操作する。
「花子さん?」
何をしているのかと疑問を投げる前に、目の前には頭を押さえた私の姿があった。
「舞花さんの声に吃驚して耳を押さえてた凛花さんです」
そんなうっとりした顔で言われても困るのだけど、花子さんはスマホの位置はそのままに何故か私の横にしゃがみ込んで画面をのぞき込んでいる。
何故という疑問は感じるものの、私にはもっと気になるところがあった。
私は耳鳴りがするからと耳を押さえたのだけど、写真の中では頭……つまり生えた狐耳を押さえていたのである。
そこで、狐耳の出現と共に耳の位置が移動したのだろうかと思い手を伸ばせば、元の位置にも人間の耳が存在していた。
「まあ、翼も生えたし、耳が生えるでしょうねぇ」
頬に手を当てながらゆったりとした口調で那美さんがそう言うと、皆もそれを否定することなく頷いた。
「あっちでみた狐なリンちゃんみたいで、良いと思う!」
舞花さんの意見に対して「銀髪にきつめ耳も良かったですけど、黒髪に銀の狐耳も似合いますね」と触れそうなくらい私の耳に顔を近づけて、志緒さんは感想を口にする。
「それにしても、耳が四つというのは気になるね」
雪子学校長がそう口にしたタイミングで、視界の端の月子教授が大きく頷くのが見えた。
恐らくどちらの耳にどう聞こえるのかとか実験をしたいんだろうというのが伝わってくる。
が、今は林田先生としてこの場に言えるので、そこは抑えてくれているようだ。
「あの、リンちゃん?」
「え、あ、なに、志緒さん?」
私がどうしたのか聞き返すと、声を掛けてきた時よりももじもじした様子で、志緒さんは右に左に上下にと視線を迷走させ始める。
「し、志緒さん?」
私が戸惑い気味に名前を呼んだからか、志緒さんの動きが急にピタリと止まった。
それからグッと顔を私の目と鼻の先に移動させる。
触れそうな程の接近に、思わず心臓がドキンと跳ねた。
「あのね、リンちゃん」
「は、ひゃい」
「お耳触っても良い?」
思わず上擦ってしまった自分の声に羞恥心を感じていたタイミングでの、大したことのない内容に、私は思わず「え?」と返す。
すると、志緒さんは最早触れるところまで顔を近づけてきて「だから、ね。お耳に触っても良い?」と声を大きくしてきた。
勢いに負けた部分もあるが、断る理由もないので「別に良いですけど……」と頷いた直後、四方八方空手が伸びてくる。
「私もぉ~」
「ユイも」
「舞花もぉ~」
「あ、私も-」
「み、皆、リンちゃんに言い寄っていってもらったのは、私なんだよ!?」
もみくちゃにされながら、ふにふにと狐耳を大小様々な手指で触られるのはもの凄くくすぐったかった。
ゾクゾクと背中がザワつく。
椅子に座っていなかったら倒れ込んでいたかも知れない程、触られているうちに身体の力が抜けて、意識にも靄がかかり始めた。
「ちょ、まっ……」
やめてもらおうと思ったのだが、あまりにも心地の良い感触が全身に巡ってしまって、最早声を上げるのも困難になってしまう。
そのまま皆に囲まれて、雪子学校長のストップが掛かるまで耳を間希続けることになった。




