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放課後カミカクシ  作者: 雨音静香
第壱章 教師赴任
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壱之壱 いざ学校へ

 子供の頃の憧れは学校の先生だった。

 それがそのまま将来の夢になり、就きたい職業になったのは、僕が単純だからかもしれない。

 とはいえ、長く思い続けたからといって、思ったように職に就ける人ばかりではなく、きっちりと教員免許は取得出来たものの、結局の所、教師として働ける学校はなく、僕はアルバイトを続けながら、声が掛かるのを待つ日々を過ごしていた。

 そんな日々を過ごしていた僕に、突然転機が訪れる。

 大学時代にお世話になっていた教授から連絡が来たのだ。

 それも、教師としての働き口を紹介してくれるという。

 もちろん諦め掛けていた僕は一も二もなく飛びついたのだが、これがとんでもない地雷だった。


「あー、思った以上だなぁ……」

 思わず溜め息交じりに呟いてしまったのは、目の前に広がる光景に落胆したからだ。

 何しろ、見渡す限り、緑、緑、緑である。

 それが山の緑、森の緑、畑の緑と、微妙に種類が違うものの、だからといってテンションが上がるわけが無かった。

 僕が今立っているのは駅の入り口なのだが、ここから見える範囲の人工物と言えば、民家がまばらにあるくらいで、コンビニの一つも無い。

 そんな駅に繋がる道は、数十メートル先で、アスファルト舗装がなくなり、田んぼに挟まれた土のあぜ道へと変わり、そのまま山裾の森まで綺麗に真っ直ぐ伸びていた。

 ここにやってくる前に、ネット検索で駅の写真は確認していたのだけど、残念ながらネット百科事典には反対側、つまり駅から見る街の様子は撮影されていない。

 ネットで調べた地図や周辺の建物情報から、大分田舎だろうという予測をしていたわけだが、容易にその想像を飛び越えられてしまったのだ。

 更に、駅の周辺を見て回ると、目的の町内循環バスのバス停を見つける。

 が、風雨にさらされた紙が一枚貼り付けられていて、そこには『運休中』とだけ記されていた。

 ネット上では、利用可能となっていたが、更新されていないと言うことだろう。

 この時点で何度目かの溜め息をついたところで、所々表面が剥がれサビの浮いたタクシー会社の案内看板を見つけ、スマホを取り出した。

「電波は大丈夫なのか……」

 バッチリ電波があった不幸中の幸いに、僕はこれまでと違い、ホッとした気持ちでため息を漏らす。

「とりあえず、いくら掛かるんだ?」

 僕は財布に詰め込んだなけなしの全財産を確認しながら、想定外の出費にため息を漏らすことになった。


「先生さんなら、お金は頂かないですよ」

 そう言ったのは運転手さん本人なのだが、カシャカシャとメーターは回っているので、僕は気が気では無かった。

 何しろ、バイト生活をしながらしてきた貯金は、引っ越し費用に大分削られてしまっている。

 僕の赴任する学校は、田舎の学校で、小学校と中学校を兼ねており、教員も来年度には学校長だけになってしまうということで、席が空いたわけなのだが、この学校がなんと食事の出る寮付きで、家賃、光熱費、食費が掛からないといわれ、何も考えずに飛びついた程にお金に余裕がないのだ。

 公共交通機関にお金を落とすのが嫌で、駐輪場が完備されているアルバイト先を選び、間に数駅あろうとも、雨風が激しかろうとも、自転車で通勤していた僕には、タクシーの後部座席というだけで緊張感が半端ない。

 そんな僕の気配に何か感じ取ったのか、運転手さんが片手でメーターに振れながら「こいつは村に請求するのに使うもんで、先生からはお金を頂きませんよ」と説明されてしまった。

 正直恥ずかしいという気もするが、それよりも、安堵の気持ちが大きくて、思わず大きく息を吐き出してしまう。

「はっはっはっ説明不足ですいませんな。先生」

「いえ」

 僕は苦笑することしか出来なかったが、ようやく背中をシートに着けることが出来た。

 お陰で、自分がじっとりと背中に汗を掻いていたことに気付いてしまい、自分の小市民振りが情けなくなる。

 とはいえ、ようやく周囲に視線を向けられるようになったのだが、車はいつの間にかとんでもない山奥に入り込んでいた。


 右に左に折れ曲がる山道を登っていくことかなり、一瞬過った徒歩で向かうという選択肢を選ばなかった少し前の僕と、交通費を肩代わりしてくれるという村に感謝していると、不意に運転手さんに声を掛けられた。

「先生、もうつきますよ」

 そう言われて少し運転席の方へ身を乗り出すと、左右から迫る異様に伸びていた背の高い木々が道から離れ、道の先が開けているのがわかる。

 ややあって、坂を登り切ったのであろう全面の景色が、空から下へと下がり、木々に囲まれた建物が現れた。

「あれは……」

 思わずそう口にしてしまった僕に対して、運転手さんは「そうです。アレが学校ですよ」と教えてくれる。

 それを聞いて僕は自分の気持ちが弾んだのがわかった。

 なぜなら視界に入ってきた学校の建物は、明治末期から大正期に多く建てられた洋風の木造建築だったのである。

 木造の校舎自体、学校の建物として採用されていたというのは、よくある話でいくつか現存しているモノもあるが、公的機関の庁舎や外国人向けの迎賓館などで用いられるこの様式の木造立元となるとかなりレアなのだ。

 それこそ、歴史の深いカトリック系お嬢様学校の旧校舎といった具合に、相当特殊な学校でなければ採用していた上で、今なお現存していることはないだろう。

 そんな素晴らしい建物で教鞭を握れるという幸運に、僕はすっかり心を奪われてしまった。

 だからこそ、考えなければいけないことに、この時点では気づけなかったのである。

 本当は校舎を見た時点で異常なことだと思わなければいけなかった。


 なぜなら、情報の溢れる現代社会で、こんな特殊な校舎を利用している公立学校の情報が、ネットの噂にすらなっていないワケがないのだから……。

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