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放課後カミカクシ  作者: 雨音静香
第漆章 天使降臨
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漆之弐拾伍 現状

 時間を巻き戻すなんて、あり得ない話だ。

 この学校に来て『神格姿』や『神世界』を知った今だからこそ、あり得るかも知れないと思える範疇の話である。

 つまりは常識的に言えばあり得ないことが引き起こされたのだ。

 その代償が命に関わることだとしてもおかしくはない。

 だからこそ、私は最悪も覚悟に入れて月子教授の言葉を待った。

 一秒、二秒、時が進めば進む程に、私の中の不安は膨れ上がっていく。

 出来れば聞きたくないとさえ思ってしまう程に、答えを待つこの時が、長く、重く、辛く、何よりも怖かった。

 そんな待ちの時間は一体どれほど続いたのか、一瞬のようにも、長時間のようにも思える時を挟んで、月子教授は、重々しく口を開く。

「時間を巻き戻すということは、身体の時間を巻き戻すのとは、雪姉が支払う代償の桁が違う」

「……はい」

 予測通りの言葉だったし、当たり前だと思える言葉ではあったが、頷くのに……私がそれを事実として受け止めるのに、想像以上に時間が掛かってしまった。

 その間私の気持ちの整理を待ってくれていたのだろう。

 月子教授は私をじっと見詰めたまま、身動き一つ見せなかった。


 秒か、分か、大きく息を吐き出して気持ちを落ち着けた私は、続きの情報を求めた。

「雪子学校長の支払う代償は……?」

 私の問い掛けに、答えるのを躊躇ったのか、月子教授にしては珍しく、沈黙が続く。

 そして、ゆっくりと開かれた口から、答えが齎された。

「いくつかある。一つは自身の年齢。自分が年を取る代わりに、対象を若返らせる……肉体の年齢を巻き戻す」

「はい」

 これは目にしているし、実際『放禍護(ほうかご)』の前後でその変化を目撃している。

「二つ目は体力……もしかしたら、生命力なのかも知れない」

「せい……めい……」

 愕然とした。

 生命力……命……話の流れから考えれば、対象を若返らせるのが自分の年齢なら、空間の時間そのものを巻き戻す代償はこちらだろう。

 そこまで思考を巡らせたところで、頭が白く塗りつぶされていくような感覚を覚えた。

 月子教授に動きはない……ならば、私の身体が現実逃避をしようとした結果だと思う。

 身体は私の心を護るために、そんな働きを見せている……安全装置が働いた結果だと予測は付いたが、私は強く頭を振って、思考を奪おうとする『白』を追い払った。

 恐らく雪子学校長は、私を助けるために、命を懸けてくれた……ならば、私はその気持ちや思いに応えるためにも、現実逃避なんてしている場合じゃない。

 そう思って唇を強く噛んで、自分の意思を無理矢理奮い立たせた。

 身体が小刻みに震えるのを自覚しながら、私は月子教授に尋ねる。

「……それで、雪子学校長は、無事なんですよね?」

 語尾が『ですか?』ではなく『ですよね?』になってしまったのは、単純に答えの方向性を絞りたかったからだ。

 はっきりと『Yes』か『No』で答えて欲しい。

 そんな思いを込めた問い掛けだったが、月子教授は答えをくれなかった。

 代わりに踵を返して、私に「教室に戻る前に雪姉のところに寄ろう」と言って、月子教授は歩き出す。

 状況を素早く頭で処理できず、立ち尽くしてしまったせいで、私が追い掛けなければと自分の取るべき行動を導き出した時には、月子教授はかなり先に進んでしまっていた。

 私は月子教授に置いて行かれないよう慌てて走り出した。

 同様のせいか、足がもつれて転びそうになる。

 それでもどうにか耐えて、月子教授のすぐ後ろまで追いつけた。


 月子教授の後について辿り着いたのは、学校長室だった。

 コンコンと学校長室のドアをノックした月子教授は、間を置かずに「失礼します」と口にしながらノブを回す。

 返事がないのをわかっていたからだろう、月子教授はドアを開け、そのまま迷いなく入室していった。

 学校長室に入って数歩、こちらを振り返ったので、私は頷いてから学校長室の中に足を踏み入れる。

 こちらを見ていた月子教授が、私から僅かに後ろの扉に視線を移したので、私は意図を汲んで入ってきたばかりのドアを閉めた。

「こっちです」

 いつも以上に抑揚がなく聞こえる月子教授の声に身体が震える。

 もう間もなく雪子教授の現状を知ることが出来るが、少なくとも今現在、返事が出来る状態では無いと言うことは確定した。

 取り乱さないためにも、最悪を想定した方が良いなと思いながら月子教授の後に続く。

 だが、最悪の状況とはないかを考えた時、私は身体から熱が抜けていくのを感じた。

 寒い。

 冬のように空気が冷たいわけじゃなく、私の中から熱が抜けていく感覚がして、寒いだけではなく怖さも感じられた。

 理由は、私の頭が想像した『最悪』だ。

 プールから姿を消さなければいけない状況で、自室で入室確認の返事も出来ない。

 そんな状況の最悪など、一つしか思い浮かばなかった。

 鼻の先にツンとした痛みを覚えた私は、慌てて腕を強く目を覆い隠すように顔にこすりつける。

 ただただ、雪子教授が無事だと信じ……無事であって欲しいと祈りながら、少し歪んでしまった視界がクリアになるように、何度も何度もブラウスの袖で目に浮いた涙を拭き取った。

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