漆之拾陸 再生
記憶を辿り、花子さんが投影機の機能を発見してその検証のために皆と別れた後に意識を向けた。
すると、スクリーンには夜の校舎の廊下が映し出される。
上手く記憶を映像化出来ていることに安堵しながら、より昨日の夜の出来事に意識を集中させた。
そのお陰か、スクリーンの映像は順調に進んで行く。
はさみの出現練習をする予定で訪れた教室の前まで支店が移ったが、そこでおかしな事が起こった。
教室、廊下と視線が行き来するのに、なかなか教室の中に踏み込まない。
記憶の進行に何か問題が起きたかなと思っていると、志緒さんがこちらに視線を向けてきた。
「リンちゃん、夜の教室なんて怖いよね。私わかるよ」
「……えっ」
その一言で身体がカッと熱くなる。
「そういう……わけじゃ……」
口ではそう言ってみても、映像を見れば、躊躇っているように見えるのも事実だ。
そう思うと更に身体が熱くなる。
怖がってたと知られ……思われていることがことさらに恥ずかしかった。
「全然恥ずかしくないよ、舞花も、夜の教室怖いもん!」
「いや……だから……」
否定をしようとしたところで、皆から温かみのある優しげな眼差しを向けられていることに気付く。
これ以上は、逆に傷を深くしかねないと察した私は、皆の視線をスクリーンに向けさせることにした。
「け、検証するんですよね! はら、教室に入りますよ!」
私の言葉から間を置かず、教室に足を踏み入れたシーンがスクリーンに映し出される。
が、直後、映像が大きく揺れた。
投影機が動いたわけでは無く、カメラ代わりである私の視界が揺れた結果に他ならない。
それに、舞花さんが反応をした。
「リンちゃん、何かあったの? 大丈夫だった!?」
心配そうな視線を向けられては、素直に答えるしかないので、私は素直に状況を説明する。
まさかこんなに視界が揺れる程動揺していたとは思ってなかったので、説明するのも恥ずかしかった。
「……その、教室に入った瞬間に床が鳴って……」
どうにかそこまで口にしたところで、志緒さんが「怖いよね! 仕方ないよね!」と割って入ってくる。
「ええ、ああ……う、うん」
認めたくは無い気持ちと、気味が悪いと二の足を踏んだ事実はしっかりと頭に残っているので、否定するわけにも行かず、反応が曖昧になってしまった。
「そう言えば、視界に指が映っていたようですが……」
林田先生姿の月子教授が、別に触れなくても良いだろう事に触れてきた。
「あー、あの横切ったの……そっか、指か」
それに結花さんが反応してしまう。
結果、自然と皆の何で指が過ったのかという疑問の答えを求める目と、何かあったんじゃ無いかと心配してくれる目が集まってきた。
これを無視することは出来ないし、早く解決するには真実を言った方が早いのは間違いないので、さっきから熱が上がりっぱなしの顔に、手で起こした風を当てながら答える。
「よ、夜だったので、大声を上げないように、咄嗟に口を両手で塞いだんです」
そう返した時に、いっそ大笑いしてくれれば良かったのに、皆の多くは優しい目を向けながら納得して頷いた。
「リンちゃん、頑張ったね!」
「咄嗟に口を押さえたんでしょ、リンちゃんスゴイよ」
結花さんと舞花さんに、キラキラと光る目でそう言われ、私は乾いた笑いで返す。
そんな私に向かって、志緒さんは「夜だから、悲鳴を上げないようになんて、ほんとすごいね! リンちゃん」と真剣な表情で言ってくれた。
さらに、那美さん、東雲先輩、雪子学校長、花子さんは優しげな笑みで頷くし、月子教授に至っては大笑いし出すのを堪えるように口に手を当てている。
恥ずかしい上に、腹立たしいのだが、逃げるわけにも文句を言うわけにも行かず、私はぶつけどころの無い気持ちを抱えたまま、スクリーンに目を向けた。
「あれ……」
昨日は気付かなかった違和感に、私は疑問の声を上げる。
当然ながら、私が注目を集めていた状況だったので、皆の目に『どうしたのか?』という疑問の色が浮かんだ。
そんな疑問の目に対して、私は自分の感じたモノをそのまま言葉にする。
「私の勘違いかも知れないけど、視線が少し上がったような気がして」
対して、花子さんが「浮いたからじゃないですか?」と返してきた。
「浮いた?」
「翼が生えて」
事もなげに言放った花子さんの言葉に、私は驚いたのだけど、舞花さんを始めとした回りの皆は、なるほどと頷く。
「え、あれ?」
皆が納得する姿に動揺をしていると、月子教授が「スクリーンを見てください」と指さした。
「動きが変わっていますね。歩いてる時の視界の微かな上下が無くなってます」
月子教授の言葉に、皆がスクリーンに目を向けたところで、球体が視界を過る。
直後、スクリーンが黒一色に塗りつぶされた。
そう言えば、目を瞑ったかもと、暗くなった理由を思い出した直後、再び教室とその中央に浮かぶ舞花さんの球魂だと思しき光の球が映る。
次の瞬間、台車か何かに載せられたまま後ろに引っ張られたかのように、視界のブレ無く、視点が教室の入り口の方へ下がった。




