漆之拾弐 IT室
水を差されたことに、少しだけ不満そうな表情を見せた舞花さんと結花さんに、雪子学校長は動じた素振りも見せずに言い聞かせる。
「楽しみなこと、興味があることを見つけて、すぐに飛びつきたくなる気持ちはわかる……が、まずは朝食を摂ってからではないかね? 二人とも」
雪子学校長の言葉に、顔を見合わせた舞花さんと結花さんは頷き合った。
それから雪子学校長に視線を向けると、結花さん、舞花さんの順で頭を下げる。
「ユイは天使なリンちゃんが見たすぎて、慌てすぎました。ゴメンなさい」
「舞花も、嬉しすぎてすぐ行こうと思いました。ゴメンなさい」
「よろしい。では先に食事を済ませよう」
穏やかな笑みで、結花さんと舞花さんに頷いた雪子学校長は花子さんに視線を向けた。
「では花子、頼む」
「はーい」
雪子学校長に返事を返した花子さんは、結花さんと花子さんに視線を向ける。
「私も楽しみにしていますね」
にっこりと微笑んだ花子さんに続いて、那美さんも「もちろん、私もだよぉ~」と続いた。
そのタイミングで、食堂に顔を出した志緒さんが「あ、あの……何かあったんですか?」と様子を覗いながら質問を口にする。
途端に、舞花さん結花さんに囲まれ、那美さん参加で始まった状況説明の結果、志緒さんは私に近づいてきてギュッと私の手を包み込むように握った。
それから目をキラキラさせて「狐姿も好きだけど、天使姿も好きです」と言い放つ。
「は、話を聞いただけですよねっ!?」
思わずつっこんでしまったのだが、志緒さんは「見なくてもわかります」という予想もしなかった返しをしてくる。
そんなことを言われて、どう反応したら良いのかまったくわからず固まる私に助け船を出してくれたのは那美さんだった。
「まぁまぁ、しーちゃん。想像だけじゃなく、映像としても見せて貰いましょう~」
那美さんに声を掛けられた志緒さんは「なっちゃん」とその名前を呼びながら視線を向ける。
「雪ちゃん先生が朝ご飯を食べたら、皆で鑑賞するって言ってたわ~」
そんなことは言ってなかったような気がするけど、那美さんが要約するとそんな意味合いになるのかなと思っていたら、志緒さんは「じゃあ、早くご飯を食べなきゃだね」と真剣な顔で頷いた。
志緒さんはその後でこちらに来たいに満ちた視線を向けてから、にっこりと微笑む。
別に私が何かするわけじゃないものの、期待を向けられたことに、とんでもないプレッシャーを感じて、舞花さんが見たモノが期待外れじゃないように祈ってしまった。
食堂に月子教授……林田先生と東雲先輩がやってきて、朝食が終わった後、私たちは普段使っていない特別教室に移動することになった。
特段他の教室と作りが違うわけではないものの、廊下の柱に掲示されている教室のプレートには『IT室』と書かれている。
「ここって」
「あー、リンちゃん初めてだよね。皆で理科の実験とか、家庭科のお料理の仕方とか、体育の鉄棒とかマットの仕方とかの動画を見る教室だよ」
横に並んで歩いていた志緒さんが、声を弾ませながら教えてくれる。
「パソコンもあって、なにかを調べたりもできるんだよ」
志緒さんに続いて舞花さんがこっそりと耳打ちしてきた。
林田先生……月子教授ががいる時は、舞花さんはいつものような明るい感じでは無く、大人しくて物静かな感じで振る舞っているので少し声が小さい。
私には最初から親しくしてくれているので、多分、林田先生に緊張しているのか、成人男性が苦手なんだろうなと思う……が、林田京一が苦手という可能性もあるので、私はこれまで触れてこなかった。
迂闊に尋ねると、心に消えない傷を残すかも知れないので、我ながら情けないとは思うモノの、自己防衛のために、ここで冒険はしない。
「今度、皆で上映会するのもこの教室よ」
結花さんが言う上映会は、皆でやるコスプレ……工作のためのプレゼン上映会のことだ。
舞花さんと結花さんは二人で一生懸命計画を進めているようなので、是非とも成功して欲しい。
そんなことを思いながら、教室に足を踏め入れた。
普段人が立ち入ってないからか、人の匂いのようなモノはせず、代わりに電子機器特有の機械の匂いが立ちこめていた。
部屋の中は廊下よりもほんの少し涼し目で、教室の隅には床から天井まで柱かと思う程大きな箱が置かれている。
黒くて少し透き通っている箱の周囲を覆うプラスチックの外壁の奥で、緑、橙、青、赤と様々な色のランプは付きっぱなしだったり、点滅したりしていた。
さらには低めの振動音と駆動音が響いている。
設置されている席は教室で使っている移動出来る机と椅子のセットでは無く、完全に床に固定されていて、全ての席が軽く扇の縁に沿うように弧を描いてテーブルが置かれ、各テーブルにはベンチ上の椅子が設置されていた。
弧を描くテーブルの上にはそれぞれ三個ずつ、タブレットタイプのパソコンらしきモノが設置されている。
「さすが、IT室」
設備に感動して、思わず口にした感想に、雪子学校長は「花子に任せたからな、ここの整備は!」と自慢げに胸を張った。




